5.13.2018

シミュレータ

何億年前のこと。

神は悩んでいた。苦心の試作体「アダム」「イブ」がついに完成した。195,571,924体目でようやくイメージに近い形となった。見た目、機能、繁殖性、感情などほぼ完璧だ。二人とも少しバカで卑怯なのは少し心配だが、地球プロジェクトに住ませるに十分ふさわしい。

いざ本番前となると、多少怖気付く。実はというと、87,527,833体目の試作体「としお」「ひろすえ」も惜しかった。完成度でいえばとしおはアダムより優れていたのだ。知性、良心、思いやりの方面では比べ物にならないほどの有意差があったが、現実問題内気で少し短足ブサイクだった。ひろすえがどうも懐かないのは彼女の欠落もあろうが、いずれにしてもこのペアが上手くいかなかったのは実に悔やまれる。

としおとひろすえ、実は最近距離が縮まってきた。としお数百万年の努力が実り、会話を切り出せるように成長した。

「こ、こんど、メ、メシとかいきたいですね」

「メシってなに?」

「あ、想像なんだけど…つまり、あの、身体を動かし続けるためになんらか栄養とか摂取しないといけない気がして…それを一緒にすることでお互いの生命を認め合うこと、とか、できれば素敵だなと思って」

「ふうん。よくわからないけどいいわよ、メシ。神のやつがわたしたちを選んでくれたらね」

4.07.2018

森の木が倒れた

元オペラ歌手のイタリアのニョッキ・マカローニ、28才。果てしなくのびやかで、表情豊かなテナーボイスを武器に若くしてデビュー、世界中のクラシックファンの心を一気につかんだ。プロ意識も高く、数々のオペラ団やオーケストラとの実績を築いていったのだった。公私ともに人間関係も良好で、日本人の一般女性との婚約も話題を呼んだ。

順風満帆そのものに見えた。そんなマカローニが突然引退したときに激震が広がった。スキャンダルか、故障、病、いや金銭問題かとさまざまな憶測が花粉のように舞い飛んだ。

見兼ねたマカローニは既にモナコで隠居していたので、事態を収束させるために直筆の声明文を公開した。

「みなさまお元気でしょうか。

私はいまモナコで幸せに暮らしてます。スキャンダルも故障も病も金銭問題もありません。

毎日、家で歌ってます。最近はヘンデルのオンブラマイフーが気に入ってます。みなさまにはありきたりな曲かも知れませんが、生涯かけて極める価値のあるものだと思うようになりました。

大勢の前で披露する機会はもうありませんが、今以上音楽に身を捧げようと決心してます。」

3.15.2018

静かに燃やす

「そう簡単に死なないって。でも死んだら後はよろしくね」夫は笑いながらいう。

「わかったから、なるべく死なない方向で頼んます」私は必ずこのように返すことにしている。

心配だけど、火事を追い回す職業なのだから仕方がない。小さな戸建、タワーマンション、ショッピングセンターなんでもござれ。一日のはじめに仕事が決まってるわけでもない。いちいち騒ぎ立ててもキリがないので、おたがい「その可能性」をそっと心の片隅に待機させるようになった。結婚して5年経つけれど、ようやく私も平穏のようなものを感じるようになった。「慣れ」の力はすごい。

夫とは幼い頃からの付き合いで。運動神経はいたって普通、学力は中の下、ずば抜けた人望や人気もあったわけでもない。

夕飯の買い出しに行かねば。今日は彼の好物のプリンが特売だ。

2.15.2018

宮崎のチキン南蛮

従兄弟の祐樹と2、3年ぶりに会った。彼は私の二つ上の37才。子供の頃はずいぶん大人っぽく感じたが、お互いおっさんになってしまえば年の差は感じなくなった。

最後に会ったのは叔父の葬儀だった。亡くなる数ヶ月前から緩和ケアに入っていて、見舞いにホスピスにいくたびに祐樹と顔を合わせていた。ホスピスという空間は想像以上に穏やかで、笑顔があって、人間の暖かみ溢れる場所だった。反面、そこにいる人間すべてが身近に「死」という極限と向き合っている事実が合わさると、なんともいえない異様さを感じ、(言葉は悪いが)ある種ファンタジーの世界に迷い込んでしまった気すらするのだった。そんななか現世で歳の近い祐樹がそばにいてくれたことが心強かった。きっと彼もそうだったと思う。

「あの時は大変だったな。ほぼ毎週末通ったっけ」

「でも叔父さん、モルヒネの助けもあったんだろうけど、普通に沢山話せてよかったよな」

「あぁそうだね」

「チキン南蛮覚えてる?」

「あぁ大変だったなぁ」

「食べたいものならなんでも仕入れるぜ、なんてお前が調子いいこと言うから」

「宮崎の『おぐら』な。まさか二人で九州いくことになるとはね」

「いい店だったね」

「そうそう、丁寧にレシピと作り方まで教えてくれたよね」

「叔父さん美味しかったのかな?俺たちがでっちあげたチキン南蛮」

「知らん」

祐樹は笑いながら言った。

1.26.2018

はじまり

初めてタバコを吸ったときを思い出す。

当時15才の高校生だったが、既に友人は吸い始めていた。私はそいつがひそかにカッコいいと思っていたが、自分から「俺も吸ってみたい」と言い出すことが真似っぽくダサく思えたので逆に「お前は馬鹿か」と揶揄するのが最善の選択肢だった。

ところが三人目の友人も吸っていることが判明して、特定の誰かの真似ではなく「俺も吸ってみたかったんだよね」と言いやすくなった。

私たちは不良でもなんでもなかった。多分、二人の友人も内心ドキドキしながらコソコソ吸っていたのではないかと想像する。私が仲間が加わることは、なんとなく歓迎されたような気がする。

はじめての銘柄はKOOLという重めのメンソールだった。先端に火を当てながら息を吸い込む。最初は口の中の煙をそのままふかしてしまった。その次は肺まで吸い込むことを学んだ。なんどか練習してるとフワフワしてきて乗り物酔いのようなめまいがした。

帰り道もずっと気持ち悪かった。親に匂いをかぎ取られるのではないかとドキドキしながらゆっくり歩いて帰った。