10.25.2005

バラの尋問

夜、彼女がマンションに帰ると、ポストに何か歪なものが入ってる。
ポストに手を入れると、人差し指にトゲがささった。
一本の赤いバラが入っている。

「あいたっ」

彼女はさっと手を引き、指をなめる。花屋のモノではなさそう。セロハンシートも新聞紙もアルミも巻かれていない。一本のバラはまだイキイキとしている。花びらには無数の小さなしずくが街路灯の灯りを取り込んで、光っている。緩やかなカーブを描く裸の茎が挑発的に見える。彼女はもう一度、丁寧にバラをポストから取り出す。

あたしはバラよ。気安くさわらないでちょうだい・・・。そう・・・そっと持ってね。そう・・・。さて。あたしはどなたの手によって、あなたのポストに届けられたのかしら。フフ。たやすくは教えないわよ。あなたの恋人?あの男はそんな気の利く男じゃないわ。ストーカーかしら?隣のマンションに住む貧乏学生かしら?そうだわねぇ・・・。

彼女はバラを捨てる気にはならなかった。彼女はバラのために花瓶を用意した。バラの入った花瓶があるからには、どこかに飾らなければ動作が完結しない。ただ、バラはバラでも見知らぬ者からのバラ・・・。手洗いや、寝室においても返って目立つし、目に入ってしまう。結局、バラを台所のテーブルに飾ることにした。

その後、バラの尋問は一週間ほど続いた。会社の同僚なのか、それとも大学時代に付き合った男か。新しい恋か、古い恋か。危険な恋か。憎しみか。嫌がらせか。奥手なのであれば、いつまでも送り主は現れないのだろうか。今、私は見られているのか。一週間、毎晩、マンションの玄関にたどり着く度に心臓の鼓動が高まった。それは時に恐怖であったり、時には淡い期待でもあった。

やがてバラは枯れてしまい、あれだけ誇らしげに見せていた茎のラインも、真っ赤にみずみずしい花びらもなくなった。一本だけのバラではポプリにもならないので、彼女はやむを得ずバラをゴミに捨てた。

10.24.2005

エピタフには

とてもステキな夢を見ていた。
こういうのに限って、翌朝は肝心なところばかり忘れてしまっている。

出会いの夢だった。かろうじて覚えてるのは、相手は音楽に関係する人で、多分男性で、ウソのように話が合致して、夢の中では、ワクワク、ゾクゾクしていた。こういうことしようよ、ああいうのもいいな、とポンポンアイデアが沸いてきて、何も相手の音楽も聞いたこともないのに、すげーものが出来ると確信できていた。

楽チンそのものだった。実際の活動とは、奥さんそれはもう、対照的。だったのよ、奥さん。信じられる?

でも、夢から覚めてから思うに、仮にそんな出会いがあったとしても、今じゃ、多分満足できないんだろうな、って。まぁ、それだけでは、ってことなんだけど。ただただ、この1年間は、経験したことないほど他人とぶつかったり、ケンカしたり、恥ずかしいくらい素の「我」をひたすら他人の「我」に叩きつけたり、くたびれたりしたり、ウンザリしたり、勘違いをしたり、そんな1年だった。なんて思ったり。でもやっぱりそれに価値はあったのね。実際。苦しみそのものには価値がないと未だ思ってますが、得たものに。

マゾっ気あるのは否めないんだけど。ね。でも、それだけじゃなくてさ。収穫も想像してたものとは全然形の違うものだったけど、色々あるわけで。犠牲にしたものもあるけど。最低限いえるのは、みんな何かを信じてやってきた、みたいな。ちょっとかっこよく言えば、みんなそれぞれ何かを信じてやってきた、みたいな。多分。照れくさいな。何らかの可能性を見出しながら。それが時には雲に隠れたり、ひょこっと出てきたり。下手さに失望したり。そのことでマジでヒヤヒヤしたり。ホントにここに立ってていいのかしら、って思ったり。

まだ走れることを確信した、というか。
何が誰が本当の味方なんですかって。
なんで音楽やってるんですかって。
そりゃあ、もう。
アタイだって、誰だっていいってわけじゃないのよん。

いずれにしたって、当面は楽になるとは全然思わないし、僕がこう勝手に区切りらしきことを書いたって足元の課題は何一つ変わらないのも分かってるし。

魔女の宅急便っぽくなってきたのでここらへんで。

このライフステージで、ライブステージに再び。
良しとしときますか。

10.20.2005

なぜ私なんだ

今朝、私は見知らぬ者にさらわれた。暗い。
今、私をさらった者が運転する車のトランクの中にいる。

足を伸ばすわけにもいかず、胎児のように丸まっている。他人からすればかなり間抜けなありさまだと思う。腰が痛い。もう2時間は走っている。高速道路にのった様子だ。ゴトン・・・ゴトン・・・ゴトン。おなかが空いた。

私はごく普通のサラリーマンだ。金はない。むしろ、マンションとクルマのローンで、今の経済力はむしろ、微妙だ。私をさらった者は明らかに金以外の目的で私をさらったはずだ。その者は私のフルネームを確認してから、力ずくで、私の両腕を縛った。

頭が、熱い。

高級車だと、トランクも革の匂いがすることに気付いた。

このクルマは、どこに向かうのであろう。

私は思いっきり足でトランクのフッドを中から蹴った。

車内から、泣きじゃくる青年の声が聞こえてくる。

「あなたがいくら暴れても、私は意地でもあなたを山に連れ戻すんです!師匠。」

10.19.2005

ぶっちゃけグレー好き

パンティーの話ではない。

雪が降る寸前の濃い灰色の空が好きです。
限りなくお湯に近い、付加価値ゼロのコーヒーが好きです。

昨夜、久しく友達と電話でしゃべった。

上司類/ヨメ/ギター氏以外との会話が実に久しぶりだった。散々アホな話をし、相手の話も聞き、それだけ。なんかね。いいんですよ。こういうのが。ボーリング級の非建設度。ちなみに、自慢でないが私はボーリングで100点達成したことがない。以前挑戦したのは2週間前だったりする。

今年最後になるであろうライブに向けてポロンポロンギターを練習する。上手くなったかどうかは分からないけど、最近は楽しい。依然として凹と凸の波の兼ね合いなんだけど。上手く説明できないんだけど、何かを作ってる感があって。難産であるほどかわいいという。

良くも悪くも、自分のペース、自分等のペース、時には自分若しくは自分等のケツを叩き。自分と自分等次第。うーん。あるべき自由。

すっかり、外が暗くなるのが早くなったし、自分の足音以外余計な雑音がなくなりました。

10.14.2005

フェルマータ

この数日間、ヨメムスコがヨメ実家でお泊り。久々に一人の時間を過ごしている。

結局ないものねだりであって、居るときは居るでいっぱいいっぱいなのに、居ないと微妙にさびしかったりもする。さびしい?、というかどうかは分からんけど、とにかく静かだ。信じられないくらい。聞こえるくらい静か。

まぁ。ひとまず一人だからできることを。音楽を結構デカいボリュームで流す。依然として近所迷惑。大声で歌う。依然として近所迷惑。風呂掃除をサボる。へへん。カーテンを完全に閉め切って、豆電球も消して、100%闇で寝る。気を失うように眠れる。本を読む。優雅?暇つぶし。ショートストーリーをいくつか読む。短いの好き。ミシマユキオ恐い。日本兵が妻と共に切腹する手前で本を閉じる。

テレビとひとまず仲直りをして、ニュースを見てやる。

人騒がせなニュースばかり。

再びテレビと絶交。

洗濯機が一生懸命5日間分の洗濯物と格闘している。

夜なのに空気の入れ替え。夜風が気持ちいい。

ごっとん、ごっとん。。。

海風。夜の列車。窓、開ける。

美味。

10.12.2005

抜擢

女はただ、いつもの通勤路をたどっていただけだ。

地下鉄の出口から、道を50メートルほど歩き、大きな商業ビルの回転ドアを抜けて中央ロビーへ。3階分の天井の高さを誇る巨大なエレベータホールにはエレベータが16台、通路の左右に8台ずつ、設置してある。それでも全てのエレベータが朝のラッシュでごった返しだ。

ここは5,000人の社員を有する大企業の本社ビル。
皆の表情は緊張感にあふれている。

女は右手の列の3号機のエレベータに乗り込む。満員電車に乗るときの癖で両腕を胸元で組む。自分が勤める会社だからといって、セクハラが起きないとは言い切れないのだ。ただ、いつまで待っても人並みが押し寄せて来ない。扉の方に振り向く。いつもであれば15人くらい詰め寄せるエレベータには6人しか乗っていない。ドアは閉じ始めている。

いや、男が一人、走って乗り込んできた。7人になった。そのままドアがゆっくり、完全に閉じる。偶然だったのかもしれないが、人混みは3号機に入ろうとせず、隣の2号機と4号機へとパラパラ別れていった。不思議なことが起きるものだ。

......................

エレベータ内の独特な静けさ。

最後に走り込んだ男以外、扉の上にある、階数を示す表示版を動物的に見つめている。

「2」...

「3」...

「4」...

「4」...

「4」...

エレベータは動き続けているようだが、表示は「4」のままで変わらない。故障、か。

女は、最後に乗り込んだ男が、ちょうど他の乗員と向き合っている状態であることに気づく。他の者も、一人ひとり、男と目が合う。それを読んだかのように、男は小さく咳払いをし、口を開く。

「みなさん、今日は集まってくれてありがとう。今日は重大な発表があるんだ。」

10.07.2005

少年の理性を

「おい、そこのボンズ、なに探してるんでぃ。」

工事現場のアニキが、昼休みがてら公園で弁当をモグモグ食べていた。5歳くらいの少年に話し掛けている。この少年、四つんばいで地面に落ちたなにかを探している様子。母親は近くにいないようだ。本人は気付かぬうちに、アニキの方に近づいてきた。全身ほこりだらけで、小さな指先はずっと地面をなぞっていたため、爪の裏に土が詰まってる。子供にそう問い掛けると、僕の理性、をなくしたんだと。友達とジャングルジムで遊んでいたら、ポケットからぽろっと落ちてしまったようだ。

「そいつぁ、大変だ。その理性っつうのはどんな形なんだ?」

薄い黄色のようなピンク色で、ピカピカに透明なビーダマみたいな形なんだそうだ。おっきなブドウくらいの大きさで。触るとヒンヤリ冷たくて、手で握ってると悪いことがおきないのだそうだ。いつでも身に付けておくよう、母親に言われている。話しているうちに事の重大さに動揺したんだか、少年の声は震えあがり、いまにも号泣してしまいそうになった。

「よし、じゃあオジチャンが一緒に探してやるぞ。ボンズはここを探してて、オジチャンはあそこのブランコのところを探してやろう。」

期待どおりだったのか。ありがとうも言わずに頭を激しく上下に振り、少年は泣き止み、黙々と、前よりも必死に、四つんばいでそこらを探しつづけた。アニキは別にありがとうと言われたかったわけじゃない。せめて昼休みが終わるまでは付き合ってやるか、と自身も四つんばいになって少年の理性を探した。そして、数十分たつと、少年を呼ぶ母親の声がようやく聞こえてきた。

「マサくん、なにやってるの?」

少年にはしっかり聞こえていたはずだ。

砂をかき分ける動作が一気に、加速した。

10.05.2005

タロットの裏づけ

毎日病院に通ってるわけでもないので、現代医学がどれだけの進歩を遂げてきたかなんて、検討もつかないわけだ。いつもやってることは大して変わらない。体重計の表示が電子パネルになった。採血の針が子供のころと比べて細くなった。これくらい?あれくらい?わからない。何を持って進歩とよべるのか。

男はしばらく調子が悪かったので、普通の病気ではないというのは薄々感じていた。ただ、そうだとしても、肝心の「知らせ」のショックというのはやはり大きい。

「富士さん、大変言いにくいことなんですが。」

「はい。」

「ガンですね。」

「やはりそうでしたか・・・。治療は?」

「それが、残念ながら手遅れのようです。治療で余命が伸びるとも到底思えないのです。」

「・・・」

「お気の毒ですが」

遺言書を書かねば、仕事をやめて旅にでなければ、家族や友人と時間を過ごさねば、あぁ、俺の人生はなんて短くて意味のないものだったのだろう、といろんな想いが頭をよぎった。医者もそれに気づいたようで、こういう:

「まぁ、気持ちは分かりますが、あせることないですよ。」

「・・・」

「・・・」

「・・・俺の余命はどれくらいなのだ?」

「27年間ですね。」

「27年間?」

「27年間です。」

「2、3年、とかそういうやつじゃ・・・」

医者は笑いをこらえた・・・。

「そんな大雑把なことは言いませんよ。いえ、ちょうど27年間と2日ですね。95パーセントの確率ですけど。あなたのカルテから、自殺の傾向もなさそうだし、ただ、まぁ、交通事故の可能性が5パーセント前後あるのですが、このガンで亡くなられるのはほぼ確定かと。27年間ですね。最近はシミュレーションの精度もかなり上がりましたからね。予定日は10月7日です。」

「でも、先ほど手遅れって・・・」

「いや、重いガンですよ。勘違いしないでください。治療を試みることもできますが、ほとんど入院しっぱなしの生活になることは間違いないですし、完全に取り除くことができないのです。もちろん治療する場合のシミュレーションも行いましたが、このケースだと完全脳死が30秒くらい遅れる程度なんです。治療しても、ですよ。だったら、入院せずに残りの27年間を一生懸命、生きた方がよほど良いと思いませんか?お金も、ねえ」

「かまいませんから、治療してくださいよ、先生助けてください・・・」

「いや、やめてくださいよ。私だって、助かる人の方を助けたいんです・・・」

お昼休みが終わったので、男はションボリと会社に戻っていった。