9.30.2006

都会のオアシス

男はムシャクシャしていた。

時間は16:00。取引先を訪問していた。ようやく最後の会議が終わったところだ。今日の会議はことごとく上手くいかず、収穫といえる取引は一つも成立しなかったのだった。このまま社に戻れば、また部長にどやされるに決まっているので、どうも足元が重い。駅に向かわず、横道に入り住宅街をウロウロしていた。

小さな店が目に入った。入り口には小さい文字で書いてある。

「癒しパーラー」

新手の風俗かと思い、男は入ることにした。

白い壁の大きな部屋。部屋の中心に気弱そうな女性が立っている。24、25くらいか。なかなかシケた風俗だな、と少し男は後悔した。

「い、いらっしゃいませ」

どんなサービスなんだと尋ねた。小さな声で答えた。

「はい。お客様を癒して差し上げます。それでは、コーヒーをお持ちします。」

「コーヒーは飲まない。お茶を出せ。」

「お茶はございませんでして・・・」

「使えないな。それでは、コーヒーをもらおうか。」

ぬるいコーヒーが出された。

「音楽を流して差し上げましょう。ジャズのCDがあります。」

「ジャズは大嫌いだ。モーツァッルトをかけろ、モーツァッルト。」

「それは何ですか?」

「お前はモーツァッルトもしらないのか。全ての客がジャズでよろこぶと思ってるとはあまりにサービスが乏しいぞ。しかもこのコーヒーはなんだ、冷たい上に、どろどろに煮詰まっているではないか。何が癒しだ、こんな店は二度と来ないからな。」

女性の目から大粒の涙が流れた。

「すみません、申し訳ありません、怒らないで下さい。」

「もういい、こんな店なんかつぶれてしまえ。」

男は1,000円札を投げつけて店を飛び出た。

すっきりしていた。

9.25.2006

秋風通信

ようやく秋っぽくなってきた気がします。
タオルケットが毛布に変わり、少し心が落ち着きます。
そんなこんなで、一度近況報告をさせてください。
みなさんは年末までのラストスパートはどのようにお過ごしでしょうか?

僕がギターとボーカルを勤めているsomatoneというバンドが一時休止となりました。メンバーといっても僕とギター氏の二人だけですが、しばらくお互い好きなことをすることにしました。何らかの形でいつか復帰はしたいと思っています。あえて期限は設けていません。当面は、今まで後回しにしていたソロでの活動をはじめることにしました。少し先の話になりますが、早速11月に一件ライブをブッキングしました。昔の曲と新しい曲を半々でやろうと思っていますが、せっかく一人なので一人なりの表現ができればと思っています。ご都合があえば是非いらして下さい。ライブに向けて、チビるほどおっかなくなる日もありますが、自分の要領では許されないくらいの自信がある日もあって訳がわからないです。とにかく良いライブをするようにがんばりますのでよろしくです。

今年は長めの夏休みをとることができてよかったです。家族で北海道に行ってきました。シカとかキツネとかカニ(死骸)とか滝とか網走刑務所とかを見てきました。ダイエットが台無しになったので、仕切りなおしです。ディズニーランドにも行きましたが、息子がはじめてまともなジェットコースターに乗れる身長になっていました。久しぶりの高所に僕はグダグダでしたが息子はキャッキャよろこんでいました。後楽園で戦隊ショーというものをはじめて見ました。少しグッときました。ジブリ美術館にも行ってきました。なんだか遊園地三昧っぽかったです。でも楽しかったです。あ、靖国神社にも行ってきました。館内の映画のオープニングでX Japanが流れたときはつい吹き出してしまいましたが、隣の修学旅行の学生がマジで半ベソかいてたので少し申し訳なく思いました。でも、特攻隊員の家族への手紙を読んだときはとても笑う気にはなれませんでした。

9.21.2006

ワインと汗が絡み合う

クロエはジプシー娘。お金はないが、幸せだ。愛するカラバンの仲間とともに、終わらない旅をしている。夜はみんなでお酒を飲んで、ダンスを踊る。そんなクロエは19歳で年頃の女。人離れした美貌の持ち主。流れるような長い黒髪に、真夜中の北極星の輝きを放つ青い目。海の大波のような曲線が彼女の身体のラインを描く。

クロエはカラバンを助けるために男を食す。お金を持っていそうな男を誘惑し、借り部屋に連れ込む。薬草がたっぷり入った、毒々しいルージュの口紅をつけ、そのキスで男を眠らせる。翌朝、男の金品はもちろん、洋服さえなくなっている。クロエはクスクス笑いながら男の上着を羽織ってカラバンに戻る。仲間の前でクルクル回って見せつける。

「あたし、街の紳士みたいでしょ?今回下着だけは残しておいてあげたのよ。」

一度も体を許したことはない。それは、お父さんに身体は汚しちゃいけないと教えられているからだ。ワインで太った男、お金で太った男は汚れているぞ、といつも言っていた。

ただ、そんなクロエも、恋なき女ではない。

ある飲み屋でひっかかった紳士に恋をしてしまった。その男は物静かで、心やさしい者だった。部屋に連れ込んだ後、自分がこれからこの男にしようとしていることを思うと、男のことが気の毒でしかたがなかった。そう思い、クロエは毒のルージュをやめ、迷いの挙句男と一夜を過ごしてしまった。ワインと汗の匂いが複雑に絡み合った。

男が寝付くと、クロエはいつも通り男の金品をかき集めて部屋を出た。

仲間の元に返ると、クロエは満面な笑顔を見せた。

「今日はとても気分がいいわ。今宵も街の紳士へ乾杯!」

9.19.2006

生きがいがあれば

千代田線が霞ヶ関駅に止まるとき、車掌はときどき不可解な運転をする。停止ラインの4、5メートル手前に一度完全停止してから、ゆっくりと最後の数メートルをわたり、そしてからドアを開ける。僕も何度かそれを経験している。最初は車掌の距離判断のミスかと思ったが、それほど単純な理由ではないらしい。車掌は先のトンネルの闇の中で「営団太郎」を目撃したので、彼が無事に逃げられるように合図をしているのだと関係者はいう。

「営団太郎」について多くは知られていない。わかっているのは、この数年間、地下鉄のトンネルの中で誰かが暮らしていて、性別はおそらく男、食べ物の残りカスがほとんどお菓子であることから年齢は高校生程度と思われている。噂によると、修学旅行で上京した少年が団体からはぐれてしまい、なにしろ切符なしで地下鉄駅に忍び込んだものだから、駅を出るためのお金がないためそのままトンネルに住み着いてしまったんだとか。噂が本当だとすれば、営団太郎はこの三年間ほど、一度も日の目を見ていないことになる。今も彼を目撃する車掌や駅員が多い。

しかし、不気味である以外、誰かに特段迷惑をかけているわけでない。食料はキオスクのゴミ箱から調達しているようで、彼に直結する盗みの被害もないと思われている。営団太郎が原因かどうかはわからないが、ときどき早朝、国会議事堂前駅のホームの隅っこで忘れ物の傘が束になって置かれていることもあるらしい。

唯一、彼と直接言葉を交わした人物は意外にも乗客だった。酔っ払った30代男性が酔っ払って赤坂駅のホームに転落したときだった。落ちた瞬間、電車が接近してるか当然確認したが、同時にひどい体臭にも気づいた。それからは数秒間での出来事だったため、はっきりは覚えていないらしい。

「ハヤク!」

営団太郎は四つんばいになり、ひたすらハヤクと男をせかす。男はその背中を踏んで無事にホームに乗りあがることができた。しばらくポカンとへたり込んでしまったが、男は再び線路に覗き込むが、営団太郎はもういなかった。トンネルの方に目を向けると、タッタッタと走ってゆく影がかすかに見えたという。そして、これは気のせいかもしれないが、「ヒャクサンジュウエンクレー!」と楽しそうな声が聞こえたという。

9.17.2006

水入らず

「ジィ、ちょっと来てくれないかな」

「何のご用でしょう、お坊ちゃま」

「寒いから、ホットココアを作ってもらえないかな」

「かしこまりました。それでは作ってまいります」

「ジィのホットココアは美味しいから好きだ」

「恐れ入ります。それは、温かいミルクに、ココアと砂糖を別々に混ぜているからです」

「ジィはどうやって美味しいものを作れるようになったの?」

「それは私が若いころ、料理の学校で学んでいたからです」

「すごいなぁ、ジィは。でも、ジィは僕の宿題も見てくれるよ。ジィはなんで勉強もできるの?」

「それは私が若いころ、とても良い先生が沢山いる、有名な大学に通っていたからですよ」

「ジィのお父様はなにをやっていた人なの?」

「お坊ちゃま、それは答えられませんな。ご容赦ください」

「それは何故、教えてくれないの?」

「残念ですが、それはお坊ちゃまが私のように育ってはいけないから教えられないのです」

9.11.2006

この世の果てまで

手のひらにのったのだから仕方がない。

朝食をとっていたとき、ねずみが顔をヒョイと出した。ねずみは嫌いでない。ねずみに対する特別な感情がないと言った方が正確かもしれない。トーストからミミをちぎって、しゃがんで手を出してみる。チッチッチッ。人はなぜかあらゆる小動物に対してもこのおかしな舌鳴らしをする。チッチッチッ。

ところが不思議なことに、ねずみは素直に寄ってきて、ピョンと手のひらにのりパンを両手に持って食べた。こう簡単に人間によりつくのでは、長生きしないタイプであろうと思ったが、いざ手のひらでじっと見ると意外にかわいらしい。あらためて手の大きさと比べてみると、ねずみというのはとても小さい。ハムスターより一回り小さいくらいか。私はねずみにタロウという名前をつけた。

パンくずを食べてすぐさま逃げると思ったが、タロウは動こうとしない。ねずみであろうと何かの縁と思い、私はタロウを背広の左側の外ポケットにそっと入れた。あまり動かないが、ポケットの中でカギでも財布でもない生きてる何かがしっかり感じられる。後で腹を空かせてしまうといけないので、右側のポケットにはパンをひときれ入れておいた。内ポケットにはハンカチを入れた。そう一日を過ごした。

帰宅後、私はその背広をハンガーにかけてクローゼットにしまった。

9.05.2006

ホント、ロクでもない

休み下手である。ついつい生活のリズムが崩れる。その上いつもならばやらぬことをなんのチューチョもなしにやってしまう。たとえば、さきほど晩飯後に、スーパーで買ってきたイチジクを三つ一気に食べてしまった。オナランがトマランのである。わけわからん。胃腸が活発なのはよろこばしいが、イマイチ外に出かけられる状態ではない。

成功って何だろう。一言でまとめづらい。一言でまとめると、あたかもピンポイントの出来事のようにとらえてしまう。ある日を境に「成功」が決まるわけじゃない。自分でも超納得のいく曲を一つでも作れれば成功なのか、それは違う。当然ながら金でもなく、名誉っちゅうのもよくわからんし。とにかく現在進行形なのが成功なのでは。死んじゃいたくなる日より、まぁよかったなと思える日の方が多ければ、それは大いに成功なのではなかろうか。心と向き合って、細かいことはさておきハッピーか否か。ヒマでないか。次があるか。ふふふん。ふんふふーん。他人を喜ばせることができたか。醜くない足跡をどれだけ残すことができたか。

悲惨なことに、来週ちょっとした危険地区への海外出張がある。飛行機はダイダイ大嫌いである。てか超怖いのである。遺書でも準備しておけば、逆に都合が良いようにジンクスがかかってくれればと思っている。飛行機事故を食い止めたスーパーマンは言っていた。統計的には飛行機はもっとも安全な乗り物なんですよ、みなさん。冗談じゃない。ヤツに言ってやりたい。

そういう問題じゃないです。確率はどうでもいいから、「ああいう」行き方をする可能性が少しでもあるのであれば十分イヤなのである。

明日あたり、どなたかに水上新幹線を発明してもらえないだろうか。

9.03.2006

悪魔にせよ期待していた



旅行をするとき、宿泊先のベッドや布団では必ずと言ってもいいほど寝つきが悪い。家族はもう寝静まっていた。広い和室、マメ電球だけの灯。シーツと貸出用の浴衣がパリパリしすぎていて、どうも眠れない。季節も中途半端だったせいか、冷房をつけると寒すぎ、消すと汗がじわーっと出てくる。結局は冷房なしで睡眠に挑むことにした。

ウトウトしかけていたとき、寝返りをしてしまったのが、間違いだった。部屋の隅に置かれた大きな姿見に目線が行った。うす暗くて最初はよく分からなかったが、鏡の左下から、小さい顔がこっちを覗いている。男の子のようだ。僕と目が合ってしまっている。目を細めてみてみると、息子の顔だ。笑っている。

もう一度寝返りをして、隣で寝ているはずの息子の顔を見るが、やはりスヤスヤ寝ている。再び鏡の方向を向くが、その顔はまだ僕を見ている。息子の顔だが、息子ではない。不気味なことに、数年後の姿を見ているようだ。目や鼻、眉毛、顔のあらゆるパーツが整いはじめている。

僕を見ているのか。

顔が、縦にふる。

鏡の下から、手と腕も現れる。鏡にそっと叩く。

トン、トン。

早く、出してよ。

どうやって?

男の子の顔から笑みが消える。どうやら僕は、彼の期待を裏切ったようだ。

約束したじゃないか。これじゃあ出られないよ。

トン、トン、トン。

胴体まで見えてきた。男の子の形相が次第に恐ろしくなっていく。いや、こっちからしてみれば恐ろしいが、男の子自身も何かにひどくおびえている。

ドン、ドン、ドン。

殺すぞこの野郎。

その夜、僕は一寸も眠れなかったのは言うまでもない。