10.31.2006

うっかりミス

婚姻届はとっくに出してあるというのに、男は披露宴の日に失踪してしまった。置き手紙を残して。まゆみ、ごめん。僕はまだ準備ができていない。幸せになってくれ。時が過ぎれば細かいことで問われることはなく、その男のタイミングの悪さを覚えている者はおらず、ただ、失踪した、という大きな事実だけが皆の記憶に刻まれたのであった。

ジロウがその後何をしていたかというと、一言で言えばプラプラしていた。田舎に戻って、数年間家業の手伝いをした。両親も、相手の両親に向ける顔もなく、なんどもジロウを責め立てたがジロウは強情だった。当然このような状況で新しい縁談を持ち込むわけにもいかず、両親は手足をしばられた心境だった。その間多少の悪さはしたが、本気で別の女とくっつくことはなかった。やがてジロウは田舎に飽き、再び都会にいった。ジロウは、ひそかにまゆみと再開できるのではないかと、根拠なしに期待していた。まゆみが他のヤツと結婚してたらショックだよなぁ、と友人には言いたくないフリをしながらも全員にそう漏らしていた。

問題のまゆみがその後何をしていたかというと、ボーゼンとしていた。無理もない。経緯はよく分からず、気づけば寿退社したはずの職場に復帰していた。使い物にならなかった。能力がないわけではないが、自分がそこで何を何でこうしてなきゃいけないんだろう、という心境だった。気の毒だがあまり雰囲気の良い人とはお世辞でも言えず、かつてのモテモテになることはなかった。ジロウへの未練は一年も経てばすっかり冷めてしまい、ジロウへの怒りよりは自分の将来の不安の方が大きかった。

ものの弾みで一度再開してしまったそうだが、結果はあっけなかった、と二人ともそう思ったそうな。

10.29.2006

イシュマエルと呼んでくれ

男はペットショップに入った。暗い店内は暖かく、湿っている。ガラスのケースが壁いっぱい積んであって、一つ一つに温度管理のランプが丁寧に設置されている。カメや、ヘビ、トカゲ。は虫類の専門店だった。予想以上に動物達は活発だった。音はたてないが、ケースを一つ一つ見ていくと、それぞれカサカサ、スルスル、ニョキニョキ動いている。

店員が一つの陸カメを男に勧める。20センチほどの長さ、ケースの中に一匹しかいない。一度環境を作っておけば、育てるのはワリと楽だという。食べ物も野菜だけでいいらしい。二、三十年は生きます。大きく育てて楽しむカメです。お子様がいらっしゃるんだったら、ちょうど大人になるまで生きますよ。この子は穏やかな性格なんで、ほら、頭を触ってもそんなにひっこまないでしょ。ケースから取り出されたカメは何度かマバタキし、歩いた。

気の遠くなる話だった。このカメは、誰かに買われようと買われまいと、この先、二、三十年もガラスのケースの中で生き続ける。何もなければずっとケースの中にいるわけだから、死ぬまでの運命がほぼ確定している。事故にあうこともないだろうし、病気も多分しないだろうし、一匹しかいないので飼い主が他にカメを買わない限り子供を作ることもない。

お前はなかなか気の毒だな。

何故です。

長生きするのはいいが、ずっとガラスのケースの中で生きるのでは、あまりにも退屈だろう。まるで終身刑のようだ。

そう思われるのも無理ないかもしれませんが、私は幸せですよ。私はずうっと考え事をしていますから。

どんな考え事をしているのか。

色々なことを考えます。宇宙のこと、美しいもの、生きること。

考えたことを他の者と共有できないのでは、あまり意味がないな。

あなたは、伝えることができないなら、考えないというのですか?

10.24.2006

お父さんはピンクが好きだ

息子がまだ起きてる時間帯に帰宅することが増えてきた。良いことなので、出来る限りヤツが寝る前に本を読んでやるように、そんな習慣を身に付けようとしている。そんなヤツも、少しずつ本を読んでもらう喜びみたいなものも覚えてきているようで、最近は自分で本を選んで待ち受けてくれることもしばしばある。そこまでは我ながらナカナカ微笑ましい光景なんじゃないの、と思っている。

ただ、本の選択権がほぼヤツに独占されているのも事実だ。子供もそれなりのブランド意識がある。いや、ある意味大人以上にブランド意識があるのかもしれない。僕が一方的に良いと思う絵本を読もうとしたら(11匹のねこ、そらまめくんのベッド、など)、じっとしてくれないという始末。ヤツの最近の好みはアニメ本 -- あの、歯医者の待ち合わせ室によくおいてあるあの、厚紙の絵本 -- だ。

「コミューンをミックス・スピンして、カレハーンがあやつるウザイナーをたおすラピ!」

もはや日本語と言いがたい台詞をそれなりに熱演するわけだが、台詞の意味の不明さはさておいてそこそこウケてくれる。僕は、これになれるまで少しだけ苦労した。コツは、ライブと同じで、恥じをかいてナンボという心構えが大事である。ちなみに、ヤツの中では男の子向けキャラクター、女の子向けキャラクターの区別はないようだ。ドラえもんも、ボウケンジャーも、二人はプリキュア・スプラッシュ・スターも同レベルらしい。

子供のアニメというのは下手に進化しないから、当初思っていた以上に馴染みやすい。プラス・アルファな要素は、確かにある。ブラックがレッドのリーダーの座を狙っているだとか、ブラックがイエローに恋しているだとか(なぜかブラック中心の話が多い)、でも、悪役の雰囲気は大体同じだし、合体ロボも健在だし(種類が増えたのでオモチャのライナップを理解するのが大変だ)、ピンクは相変わらずお父さんたちの目の保養となり続けている。

10.19.2006

終点は平和なところ

森の奥に潜む大きな屋敷。
ここには、歳よりの男が一人、暮らしています。

屋敷が建ったころは、まわりの森、といっても若木ばかりでした。でも、長い年月も経てば若木は巨大なカシの木となって、いまは屋根をも超えて光をさえぎる。屋敷も、庭も、敷地にあるすべてのものは日中も静かな影に包まれています。そのためか、数え切れないほどの窓には、全てカーテンがかかっています。男は滅多に家を出ません。今日も姿を見せるつもりがなさそうですね。少しだけ、中に入ってみましょうか。

入り口の門をくぐると、広いホールにつながっている。
扉を閉めてもらえますか。重いでしょう。

手伝いましょうか。

静かですね。いや、外も静かでしたが、葉っぱの音すら聞こえなくなりました。じゅうたんの一つでも敷けば、もう少し人を受け入れられるようなステキなところになるんでしょうけどね。灯りもつけておきましょうか。

コツン、コツン。パチ。

壁に写真がたくさん飾ってあります。全部、ここの主人が撮ったものなんですよ。若いころから写真がお好きで。こちらに写ってるのは主人のお父様とお母様、そこに立ってるのは二人の妹さん。こちらの写真に写ってるのは本人のご家族。奥さんキレイですよね。息子も立派に育てられて、今はその子も自分の家族を持ったそうです。とても幸せそう。

二階には、写真のアルバムだけでいっぱいの部屋もあるんですよ。

こちらが暖炉です。朝早くから焚いてたようですね。

これが日課のようですよ。

10.18.2006

長すぎる一瞬間

扉が閉まりそうなのに、男はあきらめずにエレベータに駆け込もうとした。少し無理があった。右腕を思いっきり伸ばして、やっとヒジくらいまで入ったところで扉に挟まれた。満員のエレベータの中からはいくつかため息が聞こえた。誰か一人、わざとらしく舌まで鳴らした。

間に合った。

ところが、障害物が挟まれているというのに、エレベータの扉が開こうとしない。カタン、カタン・・・。何かの機械が空回りしているような音がする。その音もしばらくするとピタっととまった。そしてエレベータは上昇しはじめてしまった。

「お、おい」

男はあせった。身体ごと持ち上げられていった。天井にぶつかりそうだ。

来る来るクルクルクル。まだ来ない。痛いのかなぁ。そりゃあ痛いだろう。痛くないわけがない。もぎ取られるのか?もぎ取られると死ぬのか?いや、死にはしないだろう。いや、もしかしてもぎ取られないかもしれない、そうだ、エレベータはさすがに止まるだろう。しかし、もぎ取られたら困ったぞ。しかも右腕だ。左腕で入ればよかった。いや、なんならどちかの脚だった方がましだったかもしれない。腕がないのはいやだ。病院にいったらまたつなげてくれるのだろうか。いや、それには腕がある程度形として残っていればの話だが、腕はキレイにもぎ取られるのか。粉々になってたらどうしようもない。保険って利くんだろうか、こんなのは。あぁ、恥ずかしい。そうだ、僕の右腕はいまエレベータの中。見られてるんだなぁ。あぁ、恥ずかしい。

かっこ悪いなぁ。もぎ取られたらそのまま僕の腕を乗せて、各駅停車で上まで行っちゃうんだ。

10.12.2006

未来デパートの欠陥品

改めて言うから恥ずかしいの。
私はとっても大好き、ドラえもん。

そんな中、巷で「ドラえもん・ザ・マジックひみつ道具コンテスト」というちょっぴりステキなイベントが話題になっている。何かというと、新しいドラえもんのひみつ道具のアイデアを一般募集し、一等賞の作品はアニメ化されてテレビで放映されるのである。正直、失神モノである。というわけで、高望みは一切ないが応募せずにいられなかった。

以下を出品したわけです。





22世紀の最先端技術を取り込んだと言われている「重りゅっく」(じゅうりゅっく)。未来デパートでは試作の段階でプロジェクトごと打ち切りになってしまっていて、開発者の意図や思いについて多くは知られていない。残されたのは一つだけのオンボロ試作品と、乱暴に書かれた一枚の設計図。なぜかドラえもんが持っている。

見かけは、20世紀に使われていたような子供用のリュック。機能は、名札に誰かの名前を書き込むと、重りゅっくのマイコンがその人の「人生の重さ」を実際の重量として測定して、背負ってる間その重さを体感することができる。たとえば、会社員が上司の名前を名札に書き込んだりすると、その上司が直面しているプレッシャーや慢性的なストレスに等しい重量を体感することができるし、もちろんその逆も可能だ。仮に子供が重りゅっくを着用した場合、自分の両親や先生の人生の重さ、友人の笑顔の裏にある苦労も知ることができる。自分の名前を書き込むこともできるそうだが、その効果はまだ知られていない。

当初は子供の教育用の道具と思われていた。ただ、説教がましいことに加えて膨大な開発の手間がかかっている割には、どんな名前を書き込んでも大した「重さ」の個体差が感じられないため打ち切りになったと思われている。未来デパートの人が重りゅっくの精密回路を何度も何度も確認した結果、正常に動作しているはずなのに・・・。

10.10.2006

ペンタゴン

五太郎はひどい環境で生まれた。運が悪かったとも言う。まず場所が悪い。原子力発電所が遠くないところにあった。それと、両親が二人ともいい加減だった。シャブ漬け酒なら何でも来いの、おまけにバツ9(父)バツ6(母)といった自称結婚詐欺同士のカップルだった。さんざん悪さをしてきたわけだから、同じ経験をしてきた同士でなければ結婚は到底できなかったといったところだ。詐欺師同士なりの、ある種の固い信頼関係だった。貯金と万引きとゴミあさりと消費者金融で食いつないでいた。ヒマと金さえあれば一日中薬漬けになっているか、ビートルズのアルバムを聞きながらレノンの偉大さについてタラタラと語り合っているような日常だった。

そんな事情もあって、色んな事情があって、五太郎はあいにく変わった子として生まれた。あきらかに異常な程、前向きな心の持ち主だった。異常な程、どんな困難にも真正面から向かっていくという可愛そうな持病だった。あ、あと、右腕が二本あった。手足が計5本あるので、一人息子なのに五太郎だった。五体満足ではなかった。

このネーミングのセンスすらない、しょうもないとも言える両親は五太郎が生まれてから間もなく死んだことにしよう。五太郎は養護施設に入れられた。養護施設で働く人のことを悪く言うのもなんだが、五太郎の面倒を見ていた人はちょっぴり鈍い人たちだった。無理もない。一番の障害である心を見過ごしてしまい、彼の三本の腕を見て身体障害者のレッテルをつけてしまった。いらないカウンセリングを毎日受けさせられた。

ただ、五太郎は前向きでいつづけた。時間が経つにつれ、三本の腕を上手く活用して通常の二本腕の人間ではできない「かご編み」の手法を編み出し、誰も見たこともないような美しい「かご」を次から次へと世に送り込んだ。彼の作品はやがて世界中の 工芸美術の著名人にも認められるようになり、大金持ちになり、とうとう人間国宝の指定も受けた。五太郎は養護施設にも別れを告げた。

「僕にできること」

かごの世界でできることはやりつくしたと感じた五太郎は、こういった本を出版した。内容は説明するまでもない。 講演活動もした。

「共感できない」



「ありがとう」

人々の評価はくっきりと分かれた。ただ、五太郎は異常な程、前向きなので前者はただのヒガミと整理して、共感してくれた人たちとも仲良くなり、人助けに残りの人生をささげ、幸せに人生を終えたのでした。

10.04.2006

君と手をつなげない

二人はアホがつくほど愛し合っていた。筆ペンでおでこに「アホ」と書いてやりたいくらい愛し合っていた。あまりにもアホなので、お互い死んだならばあの世で、生まれ変わったとしてもお互い探し合ってでも再開するというわけのわからない約束もした。人間というものはいずれ死ぬもので、案の定二人はじきに死んでいった。先発は女で、その数年後に男が彼女を探しに三途の川をわたっていった。

男はエンマとの手続きを淡々と済ませたが、ようやく極楽にたどり着くと予想外の問題に直面した。生身の人間ではもうないので、人魂。他の極楽住民も当然ながら人魂なので、人、いや、人魂を区別することはもはや不可能だった。チンドン屋さんのごとく元・女の名前を呼びながら旅をするしか方法はなかった。仮に今まで生きてきた人間の半分が極楽行きだったとしても、なにしろ人類のはじまり以来の元・人口が集まっているわけで、とにかく極楽はだだっ広い。元・男は百の山、百の谷、百の砂漠と百の海を旅した。幸いお腹を空かせることはなかったが。

かくかくしかじか、ああしてこうして元・男(以下「男」)は元・女(以下「女」)と再開することができた。ざっと100年くらいかかった。女はかろうじて前世の名前を覚えていたのが救いだった。

「あら、あなたね。お久しぶり。」

女の空気は微妙だったが、男はそれにも関わらず大いに盛り上がった。植村直美も顔負けの旅を何度も繰り返してきたわけだから、無理もない。ただ、しばらくすると女のつれない態度に気づき、その理由は明白となる。

「どうしようかしら。」

「そりゃ、これから一緒に暮らすんだろ。また結婚してさ」

「ここにはそんなのないわよ」

「家?」

「いや、"結婚"」

「あ」

考えてみればその通りである。人魂は魂なのだから、魂が二つあったからといって子・魂を作れるわけでない。暮らし、思い出、悩みも小姑も扶養控除もなにもない。時間が"ない"。

「こりゃダメだわ。」

「そうだわね。せっかくで申し訳ないんだけど。」

「生まれ変わるのを待つしかなさそうだね。」

「列が長いの。」

「どうしようか。」

「とりあえずあそこの山まで行きましょうか。一緒に行ってあげる。」

10.01.2006

業務連絡




2006年10月6日(金)
渋谷 chelsea hotel
19:00開場

ok city okのライブに、ヘルプで出演することになりました。ギターとフィドルでの参戦を企んでいます。ok city okというのは、以前から仲良くしてもらっている3ピースのバンドで、聞いてるだけでニヤニヤしてしまうような、遊び心満載、ステキなロックを奏でる人たちです。まぜてもらえてとても光栄なんです。この数年間タイトな演奏とは全く無縁な生活をしてきた自分にとってはかなり無謀な試みですが、きっと面白いライブになる(はず)です。しかしこのバンドはやはりウマイ・・・。

急な日程ではありますが、ご都合があうようでしたら是非是非いらしてください。
事前にご連絡いただければ、割安チケットでご案内いたします。

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10月1日 追記
訂正が一点あります。記事のはじめに貼りましたポスターでは三つの日程が記載されていますが、今のところ私が出演させていただくのは10月6日のみです。お騒がせしました。ご指摘くださった方ありがとうございます。