8.28.2006

顕微鏡の下に居る

掃除をしていた母親が、少年の勉強机の引き出しをそうっと覗き込む。悪意があったわけでない。母親の自分の子供に対する好奇心というのは、子供の好奇心そのものに限りなく近い。無論、何かまずいものを見つけたとすれば少年に問うであろうが、大体黙って見ている。こればかりは母親の性質なのだから、仕方がない。

少年の引き出しの中身は汚い宝箱だった。ガリガリ君の「当たり」棒が10本ほど、エロ本の切り出し、テストの答案、シールやカードがたくさん。すべてのものに鉛筆の削りカスの匂いがついている。好きでたまらなかった玩具を見捨てられない、そんな時期だ。深くさぐるほど、古いものが現れてくる。小学1年生の頃書いた絵や、ボロボロのけん玉。

古いジャポニカのノートが引き出しの底にあった。ページをパラパラめくる。

「読んだな。」

この台詞に一瞬ドキっとするが、母親宛てに書かれてないようだ。交換日記。今や小学生の間でレトロブームなのであろうか。しかも相手は女の子のよう。「その本は去年の夏に読んだな。まーまー面白かったよ」。母親はくすっと笑う。その本は夏休みの終わりに、あらすじだけを父親から聞き出していた。背伸び、である。

「ユウちゃんのお母さんはキレイよね。うらやましいわ。」

「お袋はフツー、だよ。」

母親はパタリとノートをとじる。

8.24.2006

ジェネリック

突然、ジャングルのしげみからトラが飛び出てきた。妙な太り方だ。噂の人食いトラに違いない。五人の探検隊員が、次から次へと食われていく。四人目を食べ終えると、トラは最後の探検隊員に牙を向けた。しかし、トラは急に地面に崩れ落ちる。前足で腹をなでながらもがき苦しんでいる。しばらくその様子を見ていた探検隊員は、最初はコシが抜けてしまって動けなかったが、次第にトラが人間の相手をしているどころでないことに感づく。

「おい人食いトラめ。よくばりすぎて腹痛になったか。ざまあみろ。」

「あなどるな、人間め。」

トラはふらふらしながら再び立ち上がろうとする。

「そうはいかない。これから銃を取りに行く。それで貴様をしとめて、仲間のかたきをとるのだ。貴様の毛皮も、クビも何もかも売り飛ばしてくれる。」

隊員はテントにおいてあったライフルを手に取り、トラに向けた。

「おい、トラ。撃つ前に答えろ。何故人間を食う。美味いのか。」

「ぐるるる・・・まずいに決まっているだろう。」

「では何故食うのか。」

「漢方なのだ。胃が痛くて・・・。」

8.18.2006

縮めてはならない距離がある

お邪魔します、と言いかける。本当は、ただいま、と言うはずだった。玄関には誰もいなかったので、実際出てきた言葉は誰も聞いていない。男は片足のつま先でもう片方の靴のかかとを踏んで脱ぐ。玄関の先に見える台所の電気はついてるし、鍋も火にかかってるようだ。

台所に入ると同時に、帰ってきたってば、ともう一度声に出してみる。トイレを流す音がする。母親がエプロンで手を拭きながら台所に入ってくる。息子の姿を見ると、ぱっとエプロンから手を離す。焦り気味に、あらもう来てたの、と早口で言う。

男は思い返してみれば、母親が夕飯の支度をしている姿を目の当たりにしたのは、この家を出てからは初めてだったのかもしれない。その上、母親がトイレから出てくる姿を最後に見たのは覚えていない。なぜだか、身内とは思えないような、見てはいけないものを見た申し訳なさがこみ上げてきた。

「何照れてるんだよ」

「照れてなんかないわよ」

「さっきからずっとただいまって言ってるのに。今日はなに」

「残り物よ」

ぎこちないエピソードは瞬時に押し殺される。母親はそそくさ仕切りなおしてまな板に向かう。男はそうか、と言いながら上着を脱ぎ始める。最近どうなの、と尋ねる。

「上着脱ぐんだったらあっちでやってちょうだい。お父さんはまだしばらく帰ってこないわ。」

親父もいいけど、母さんは元気なのかって聞いてやっているのに。なによ、別にあたしはなにも変わったことないわよ、としきりに母親は言う。別にそれだったらいいんだけど。それで元気なの?元気よ。何も変わったことないわよ。そうか。あんたは上手くやってるの?ああ。仕事は慣れたの?うん。親父は最近調子いいの?あんまり良くないわね。病院は。いかないのよ。

隣のテッちゃんも帰ってきてるのよ。後で電話してあげれば。そうだね。帰ってきてたんだ。最近なにやってるの?いつもと同じよ。趣味とかないの?何、馬鹿なこと言ってるの。

8.16.2006

読み捨てランド

2006年8月16日 19:00
東伏見のとある街角にあるタバコ屋。

若い男がタバコ屋を通り過ぎる。思い出したかのように足を止め、タバコ屋に戻る。タバコ屋の窓口のジイさんに話しかけかけるがやめる。話しかけるのをやめて、自動販売機でタバコを買う。ジイさんは気になって仕方がない。ワシがここにいるというのに、自動販売機で買うとはどういうことだ。失礼なやつめ。

若い男は聞いてないふりをし、その場を離れようとする。

まて、さてはお前は人と目を合わせるのが苦手な最近の若者星人。
くっそーこの街にもとうとう出現したか。

人と・・・星人は依然として微妙に目線をずらしながら言う。ボソボソと。ばれては仕方がない。そう、私は確かに、人と・・・星人だ。この東伏見を支配しにきた。まずは貴様の店からだ。恐ろしく迷惑なことを沢山してやる。ウザく、せこく、イヤミっぽく。覚悟をしろ。

何をするというのだ。

スターバックスを貴様のこのカスのようなタバコ屋のすぐ隣に立ててやる。私は店長星人になってやるのだ。そこで、大して美味いかどうか分からないコーヒーを再利用可能なマグカップで1,500円で売ってやるのだ。それをすることにより、この街角はより一層ナウくなるのだ、それが何を意味するか分かっているな。そう、ナウくなるものがあるには、ダサくなるものが必要だ。それが貴様のタバコ屋だ。タバコがダサくなるのだ。苦しむが良い。スターバックスは禁煙なのだ。ふはははは。

なにぉおおおおおお。き、貴様ぁーーー。

それだけではないぞ。まだまだ打つ手はあるぞ。

オマケにだな、微妙に古い80年代前半の洋楽ヒットを流してやるのだ。そう、マドンナの初期とか、だ。それと、従業員には全て、スターバックス流の挨拶をさせるのだ。イラッシャイマセコンニチハ。イラッシャイマセコンニチハ。イラッシャイマセコンニチハ。どうだ、ウザいだろう、くどいだろう、意味分からないだろう、ふはははは。

それだけはぁああああ。

<続かない>

8.13.2006

コブシのような白桃



夏は大きい
とにかく大きい
からだ全体を押しつける顔をも

夏は食べられそう
それにかぶりつくことができたら
とても甘いと思う

その果汁は口から溢れて
あごからしずくがこぼれ落ち
ベタベタになる。後でのどが渇きそう

豪快で、なんだか偉そうで、
無視させてくれなくて、めでたくて
ときには残酷

8.09.2006

馬鹿親馬鹿

僕は22歳の会社員です。
思い出があります。

僕の父親は、僕が中学校を卒業した2週間後に他界しました。胃がんでした。今振り返ってみると、その時期はバタバタしてたなぁ、と、そう記憶しています。勘違いされたくない。もちろん悲しかったし、とても大きなショックでした。ただ、なんというか、自分が悪いやつとして思われるかもしれませんが、あの時期は他にも色んな出来事があって、高校の入学とか、当時の友達とのお別れとか。気づけば「父の死」というのはそれらの出来事と切っても切れない記憶になってしまってるんです。「あの時」として。

それから母親の様子が少しおかしくなったんです。四十九日もとっくに過ぎてるのに、父がまだ周りにいるかのような振る舞いをするんです。食事のときは父の分も作ったり。着もしない背広を何度もクリーニングに出したり。父の話をするときも、なぜかいつも現在形になっていました。父さんの仕事はああだから、父さんはこういうのが好きなのよ、って。

父と長年付き合ってきた母の方が自分よりつらいに決まってる。二人は仲良かったし、母は父と一緒に老後を過ごすのを楽しみにしていたに違いない。多少、不思議な言動は仕方ないと思っていました。ただ、このような状況が1年以上続いたもので、さすがに少し、不気味だと感じはじめました。私は母に尋ねることにしました。

「だって、お父さんいるのよ。周りに。」

不気味だからやめてくれ、と言おうと口を開こうとしましたが、言う前に僕の表情を読み取った母はひどく悲しい顔になりました。それだけは口にしないでほしいように。僕はちょっと後悔しました。それ以降、それには触れないようにしました。高校を卒業してから、母は元通りになりました。後から聞いた話だと、父は死ぬ前に、せめて息子が高校を卒業するまで生きていたいなぁ、と母にいってたそうです。

本当に見えてたかどうかは未だ分かりませんが、どっちでも良かったかな、と思います。

8.06.2006

勇敢な小学生

両国の国技館に行ってきた。
ヨメ側の、甥っ子の相撲大会だった。
甥っ子は小学四年生だ。

相撲については全くの素人だが、楽しかった。普段なら手が届かないようなマス席に、じーさんばーさんとーさんかーさんがワイワイガヤガヤである。小学生同士の相撲というのは、なんというか、とてもダイナミックである。個体差がまずすごい。反則級にでかい小学生が、まわしがオムツに見えるほどガリガリした子の相手をしたりしてる。

そんな状況で小さい方が極たまに、本当に勝っちゃったりするのでそういうときは思わず「おぉー」と声を出して感心してしまう。あと、当然ながら大相撲でつかう広い土俵でやってるので、例えば相手を押し出すにもかなり距離がある。一つの試合で何度も逆転があるのでなかなか目が離せないのである。敗者も本気でベソかくので、これまた実に、熱いスポーツで見る方も真剣になってしまう。

スタジオワークもそれなりに進んでいます、今日この頃。

額面で捉えるべきところや、考え抜くべきところの区別がほんの少しずつわかってきたような気がします。早く人前に出られるようになりたいと思います。

8.02.2006

出不精カメ、馬鹿ネコ

十二支の由来について日本の昔話がある。神が動物たちをお祭りに招き、早い話、1月1日の先着12名様にそれぞれ、年のマスコットキャラクターになれる権利を約束した。動物たちはそれを聞いて大騒ぎして、大晦日から神様の家へとすっとばした。中には姑息な手段をとる動物もいた。郵便局の手違いで神様のハガキが届かなかったネコは、ネズミに集合日をたずねたところ、ネズミはウソをついて1月2日と答えた。ちなみにネズミは一等賞だった。ネコは1月2日に神様の家に到着し、神様にあきれられる。ということで、十二支にネコ年というのはない。

なんとなくネコがかわいそうな話である。

歴史的なつじつまが明らかに合っていないが、なぜか十二支の由来についてイソップ物語がある。というより、自分が昔読んだイソップ物語の本にこの話が集録されていた。設定は大体同じだが、ハブとなったのがネコではなくカメとなっている。しかも、カメは誰かに騙されたわけでもなく、神の家まで遠出するのが面倒くさくていかなかったそうだ。カメが来るであろうと期待していた神様はその後、カメに会いに行き、なぜお前は来なかったのだと尋ねる。出不精なんだよね~と言うカメに対して腹を立たせ、神はそんなに家が好きなら永遠に家から出られない体にしてやる、とカメに甲羅を与えたという。ということで、十二支にカメ年というのはなく、カメは甲羅を背負うことになった。

なんとなくカメの気持ちがわからんでもない話である。