2.27.2007

お見合い席にまつわる話

飛行機に乗るとき、いつもあこがれるのが「お見合い席」である。私はいままで、お見合い席に座ったことがない。特に飛行機に縁があるわけでもないが。

お見合い席というのは、離陸や着陸するときに、スチュアーデスさん(いまではキャビン・アテンダントと呼ぶのがマナーだという)が座る、折りたたみ式の椅子の正面にある、客席のことを言う。なぜ、「お見合い席」というステキな名称がついたかというと、そこに座るラッキーな乗客は離陸と着陸のときにキャビン・アテンダントさんと割りと至近距離でご対面できるのである。いわば、堂々とキャビン・アテンダントさんを拝む特権がつくという、なんといっても貴重な席なのである。

なので、正確にいうと「お見合い席」そのものに憧れているのではなく、お見合い席に座ってちょっとステキなキャビン・アテンダントさんとご対面するシチュエーションに、憧れていると言えよう。キャビン・アテンダントがたまたまお兄さんだったりすると、ちょっとガッカリするのに違いない。

あるとき、老夫婦がお見合い席に座っていたのを見たことがある。着陸のとき、ステキなキャビン・アテンダントさんが老夫婦の正面の席に座った。つかの間ではあるが、どこからいらしたんですかとか、どのくらい滞在なされるんですか、とか。スチュアーデスさんのお仕事も大変なんだねぇ、とか(相手は老夫婦なのでそういう呼び名でも許されるのである)、他愛ない会話をしていたわけだが、その老夫婦がとてもうらやましかったのだ。そうったらそうなのである。キャビン・アテンダントさんはちょこっと頭を傾けてニコッと100万ドルの笑顔ビームを何度も放つのである。前歯がちらっとだけ見えるくらいの。アレを真に受けたら死んでしまうに違いない。

ということで、明日から日曜日まで少しの間、出張に行ってまいります。空飛ぶ乗り物は、エエ、大っ嫌いなのですが、死ぬ確率が果てしなく上昇するかわりに、せめてお見合い席に座れるかも、という淡い希望を胸において行きたいと思います。不時着のお見合い席になると困るのだけど。

それでは、いざ。

2.23.2007

良い事は終わります

21:00頃の地下鉄で見かけたもの。

シルバーシートに腰を掛ける老婆。老婆の何もかもが小さく見えた。
小さく丸まった身をつつむ灰色のコート。
小さな顔の半分以上を隠す白いマスク。
小さく後ろにまとめた白髪。
目を閉じている。寝ているのかもしれない。
歳のせいかすっかり前かがみになっててしまっている
ただ、自分のスペースからはみ出ることなく、いたって優秀な乗客だ。
一つの買い物袋もまっすぐ前に、両手で持っている。
派手ではないが、貫禄?品格?そんな空気を感じた。

その老婆の隣に腰掛ける、若い女性。高校生くらいか。老婆の孫か。
様相は印象に残っていないが、まじめそうなお嬢さん。
同じ柄の買い物袋を持っている。

親しい男性に甘えるかのように、老婆の肩に頭を乗せ、目を閉じている。

少しの間、自分の視線が広告の方にいく。再び二人を見ると、老婆は変わらず、そして若い女性の方は今度は目をパッチリ開けて老婆のようにまっすぐ座っている。一転して、まったくの他人が並んでいるように見えた。

もう子供じゃないんだから、そんな風に私に寄りかかるのはみっともないよ。もっと、背中をピンとしてなさい。そんなことを、目を開けずに老婆が言ってたのかもしれない。

2.22.2007

喉越しについて

流山大介は夢を見ていた。

その夢の中では、年齢不詳の、猫背の男がいる。
その男は、二つのことをしている。

一つは、ジーっとこっちを見ていること。目玉が飛び出てしまうくらい大きく目を開いて。そして、もう一つは、ものすごい勢いで固焼き煎餅を食べている。こちらから目を一度もそらさずに、次から次へと大きな固焼き煎餅を口に運び、バリバリボリボリ音を立てながら一生懸命煎餅を食べている。あまりよく噛んでいないので、のど仏がヒクヒク上下しているのが分かる。

途中から大介は数え始めた。20枚くらいは、いったか。その男は21枚目で手を止め、口に入っていた煎餅を吐き出す。落ち着いた口調で、喋った。

「煎餅食べます?」

思ってたより声が小さかった。大介は恐くなって逃げ出した。ただ、いくら逃げても常に耳元に同じ声が同じ音量でついてきている。煎餅食べませんか。煎餅食べませんか。煎餅食べましょうよ。おいしいですよ。この煎餅、僕のおばあちゃんの手作りなんですよ。ウソに決まってる。プラスチックの袋じゃないか。何で食べないんですか?

煎餅食べろ。俺の煎餅が食べられないっていうのか。俺の手が汚れてるのか?

せんべい!!せんべい!!
もはや人間の声ではなくなっていた。
せんべい、と叫ぶ救急車のサイレンのようだった。

後ろからえりをつかまれる。後ろからつかまれているのに、正面から泥だらけの手が巨大な煎餅を口に押し込んでいる。ぐいぐい押すので、噛むしかない。大介は無我夢中にアゴを動かし、できる限り噛み砕く。大きな煎餅のかけらが喉を通る。最初は痛いが、どんどんその喉越しが気持ちよくなってくる。ついていけていることに気づく。しばらくすると、煎餅を自分の口に運んでいるのはあの男の手でなく、醤油まみれになった自分の手であることにも気づく。

2.20.2007

イタチごっこ

41歳にもなって、人見知りが直らない鈴本さんちの旦那。
この頃、主婦の間で話題になっている。
話題にならざるを得ないのかもしれない。
三沙子婦人は36歳だ。子供はいない。

新しいマンションに引っ越してから、三沙子は2、3ヶ月に一度は友達を家に招待してもいい、という約束を夫としていた。来る日はたいてい土曜日か日曜日の、午前中かお昼頃だった。お茶をしたり、ランチでもてなしたり。一応、彼女は夫に気を使い、いつも数週間前もって友人が来る日を伝えるのだった。伝える時点では夫はいつもあっさりと、いいんじゃない、とのんきにいうのだ。今度は挨拶くらいしてくれるのかしら、と毎回期待をさせるのだった。結婚して6年目だが、夫はいまだ彼女の友人に顔すら見せていない。

ドアベルが鳴る。三沙子はドアを開けに行く。行くが、ドアを開ける前に立ち止まってふと後ろを向く。夫はもう、リビングルームにいない。既に二階の書斎に避難したみたいだ。三沙子は小さくため息をつき、ドアを開け二人の友人を部屋に案内する。

「ねぇねぇ、ミサの旦那ってお仕事なんだったっけ?」

「メーカーよ。」知ってるくせに。

「営業やってるんでしょ?」

「そうよ。」

「今日はいらっしゃらないの?」

「仕事が忙しいみたいなの。」

そうなの。営業職よ。営業職なのにあたしの友達に会うのをイヤがるのよ。

友人も悪い人ではないので、三沙子の表情が曇るのを見て話題を変える。数時間過ぎ、昼食もコーヒーも済ませ、友人たちはようやく帰る。

「また来るねー。」

「うん、また来てね。」

タイミングよく、階段の上で夫が顔を出す。

「今日はどこいこうか?ご飯でも食べに行く?」

2.19.2007

「ナカジ」のご紹介



「ナカジ」


土曜日のライブに来てくれた方、ありがとうございました。

先日のライブは、初めてドラムとの共演でした。快く話にノッてくれたのは、上の写真のナカジこと中島龍一さん。僕の名前に「さん」をつけて呼んでくれる、とても貴重な人物の一人であります。この日のライブのために、何度も練習スタジオにも足を運んでくれました。ナカジは無口ですが、それを支障とさせない表現力と熱意を感じさせる謎の紳士です。それと、僕に高円寺にあるステキな定食屋を教えてくれました(重要)。

それはさておき、ナカジが叩くドラムのどこが凄いのかと。(ドラム素人である)小生に言わせてみれば、徹底的に一打一打の力加減が考えぬかれていることだと思います。そのせいか、シンプルにリズムをまとめてるのに、同じ曲のなかでも四人のドラマーが叩いてるように聞こえたり、一人にまとまったりもします。意図的なのかどうかも分かりませんが、そう感じさせ、ますます僕の鼻息をンフンフと荒くしてくれたのでした。

一度っきりにはもったいなさすぎます。細かいところを調整して、また是非お手合わせ願いたいと企んでいます。

現在、ナカジはplat home nine(http://roo.to/ph9)というバンドのドラムとして活躍中です。オルタナの一言ではとても片付けられないサウンドで、他のメンバーも強い個性を発揮しています。ギターボーカルのエノが摩訶不思議なギターワークの上に胸を刺すようなメロディーを乗せ、そのバックで勢い抜群のベース赤尾充弥がナカジと合体します。

微力ながら僕自身、応援しているバンドさんです。

2.16.2007

パラダイム

一言で言ってしまえば、小松さんは自殺未遂したことがある。ただ、もう少し詳しく話すと、そこまで単純な話ではない。本人は自分がそんなことをした意識はない、むしろ当時の出来事については少々苦笑いを交えて喋るくらいだ。今はとても心温かい人と評判で、周囲からはそれなりに愛されている人物である。ちなみにだが、彼はその後も幸せに暮らし、家族に囲まれて幸せな最期を迎える運命の持ち主でもある。

確かに数年前は彼の人生、あまり上手くいっていなかった。色々ある原因の内、借金もその一つだった。下らないことに金を費やしてきたわけじゃない。住宅ローンとか、そういった地味なものばかりだった。月々の返済ができなくなったきっかけは、たまたま思うように昇給できずにいたことだ。思うように昇給できなかったから思い切って退職をし、自営業にチャレンジして失敗しただけのことである。ただ、首が回らなくなった人間はどんな些細なことでも一人で抱え込んで深刻にしてしまうもので。

「イヤんなっちゃってたんですよね。それ以外、言葉が見つからないのが本当にお恥ずかしい話です。」

地方にある大口の取引先が倒産してしまったのが引き金だった。訪問した社長からその報告を受け、すっかり落ち込んでしまった小松さんは、帰宅路に人気のない駅で呆然としていた。気づけば一番後ろの車両の停止位置に立っていた。一思いに飛び込んでしまおうと。黄色い線、そいつの一歩先に立ちながら、じーっと足元を見つめていた。迫ってくる電車を見ずにできれば、と目論んでいたわけで。まもなく電車がまいります、アナウンスが流れた。下を向いたままだが、遠くから電車のクラクションが確かに聞えた。

小松さんが結局線路に身を投じなかったのは、立ち位置を間違えていたから。てっきり足元に書かれていた「10番」が最終車両の停止位置だと思い込んでたところ、その逆だった。実際、最前車両が自分のところにたどり着いたころは、笑っちゃうくらい電車が減速しきっていた。これじゃあ飛び込んでも、電車に当たる前に地に足がついてしまう、そんなイメージがなぜか小松さんにとってはたまらなく可笑しかった。思わずその場で吹き出してしまったのだった。

車掌さんは迷惑そうに、プォーっとクラクションを鳴らした。

「黄色い線の内側にたってくださーーい!」

運転席から叱られた。小松さんは驚いて、背筋をピンと伸ばした。

「すみません!」

2.14.2007

ピーナッツとキャラメル

昨夜はピーナッツのお菓子を作りました。
私にでもできるくらい、簡単なレシピです。
初トライでしたが、簡単な割りに美味しかったです。
甘しょっぱいのが好きな方、なかなかクセになります。

「ピーナッツ・ブリトル」

材料:
砂糖・・・たくさん
ピーナッツ・・・一袋(コンビニで売ってるおつまみのやつ)
片付け含め所要時間1時間くらい

作り方:
1.鍋に砂糖を入れる。

2.極弱火で加熱する。均等に熱がわたるように、ひたすら混ぜる。

3.時を忘れるくらい、ひたすら混ぜる。砂糖がキャラメル状になりはじめる。ここから諦めず混ぜ続けることが重要。腕が疲れはじめるころだが、ここで止めてしまうと焦げたキャラメルが鍋にこびりついてしまうので、この時点でもう後戻りはできない。

4.キャラメルらしくなって、プクプクいいはじめたら、一気にピーナッツを入れ、急いでそいつを力いっぱい混ぜる。かなり疲れる。ピーナッツにキャラメルが絡まるまで。

5.素早くシートかなにかに移し、ゴムベラかなにかで平らな板の形に整える。素手でもいいが火傷をする。

6.シートごと、冷蔵庫で冷ます。

7.出来上がったカチンコチンの板を食べやすい大きさに適当に崩す。

8.鍋にこびりついたキャラメルを洗う。キャラメル作りで鍋につけてしまった傷がヨメにばれないように、使った鍋は棚の奥にしまっておく。

2.09.2007

日時計の子孫

四人の子供が林の中で遊んでいた。
日が暮れるころ、一人が言い出した。

もうそろそろ暗くなるから、家に帰ろうよ、という。

「それじゃあね」

四人はその場で別れて、家に帰っていった。この林は四人の住むそれぞれの家の、ちょうど中心にあったのだった。一人は北にある、白い壁の家へ。一人は東の、赤い屋根の家。一人は南の緑の芝生の家、そして最後の一人は西の青いドアの家へと向かった。

いや、向かおうとしたのだった。

いつものことなら、西に暮れて行く太陽を基準にそれぞれの方角を迷わず知ることができたが、今日は夕焼けがよく見えなかったのだった。曇り空なのに加えて、頭上の林冠が残り少ない光をも遮っている。北の子は気がつけば赤い屋根の家の前に立っていた。そうとなると、必然的に東の子は緑の芝生の家、南の子は青のドアの家、西の子は白い壁の家に行ってしまっていることになる。

四人は林で再会した。夜はすっかりふけてしまっていた。今度は方角は分かったものの(東の子は、もともと北の子が誤って進んだ方角に進めば帰れるのだ)、暗い夜道を歩くのが怖かった。夜はオオカミが出る、と噂されていたのだった。仕方なく、四人は背中を向け合って林で夜明けを待つことにした。

眠ってしまうと危険なので、できるだけ会話をするようにした。

「僕らって、迷子なのかな。」

「迷子じゃないよ。帰り道は分かってるんだから。」

「いや、僕らは迷子だよ。」

「なぜ?」

「一人じゃ帰れないんだから。」

2.08.2007

業務連絡:ライブとCD

来週の土曜日にライブをやります。今回は親愛なる赤尾充弥というソロアーティストが主催するイベントで、高円寺のclub rootsというライブハウスに初めて出演させていただきます。とてもオシャレなところみたいです。土曜日の夜にアダルティーな一時を過ごしませんか?ご都合が合えば、是非お越し下さい。来る人はモテます。きっと。文化人って、すごくステキ。これくらいにしておこう・・・。

赤尾充弥というのは結構マルチなやつで、歌、電子音、ピアニカやベースを巧みに操ってなんともいえない毒々しさ(でも楽しい)をかもし出すとてもステキなアーティストさんです。人としては色々、問題なくはないのですが、いや、根は良い人なんで・・・。フフフ。あと、個人的には本イベントのトップを飾るENOさんのステージをとても楽しみにしています。今もバンドでガンガンライブをやっている人ですが、今回は特別に一人でということで。一応、私もちょっと変わったところを見せられればと思っています。

2月17日(土)高円寺 club roots!
http://muribushi.jp/rootshp/roots_top.html
「百億の昼と千億の夜」
出演:赤尾充弥/Rain In Eden/Firsttime Delicates/The Punky’s Dilemma/ENO
開場/開演:17:30/18:00(僕は真ん中辺に出演します)
チケット:1,500円 + ドリンク代

あと、開場で次のCDを配ります。是非、聴いて見てください。郵送をご希望の方はメールでお名前と住所を送っていただければ、無料で一枚お届けします。よろしくお願いいたします。



the hinsi etude by cayske hinami
"in the dark depths of turgid walls"

1. slow dance number two
2. slow dance number three

2.07.2007

アイススケート場

子供をスケートリンクに連れて行くようになりました。先週の土曜日で、二回目でした。本当のことを言うと、ちょっと格好いいところとか、頼りになる姿を見せたいと思ったからです。でも、それのどこが悪い!と空に逆ギレでもしてみたり。あと、息子も(ついでに)何か身体で覚える経験になれば、なんてことも後付けで考えていました。ちなみに、うちの子は走るのが今のところヘタクソなので、バランス感とかが鍛えられればいいな、なんて。最近何にでも乗り気な時期みたいで、せっかくの機会に。

悲しいことに、最近はアイススケートなんて流行りもしないもので、家の近くでスケートリンクを探すのに結構苦労しました。たどり着いたのは、「江戸川区スポーツランド」。どうやら、唯一の区立スケートリンクらしいです。行ってみるとなかなか立派な建物で驚きました。人気がない、と思っていましたが案外活気のあるところでした。

一日目は、スケート靴を履いてやっとの思いで立つことができた程度でした。

子供って、当たり前だけど怖いもの知らず。

「一人でスイスイできるよー。パパは見ててね。」

この余裕は氷に乗ったとたん、消えうせるわけです。完全にパニック状態(笑)。結局一日目はずっと抱っこしたままスケートをすることになりました。

「もうスケートやめるぅー。」

といったところで、妻がフォロー。4歳児初の挫折。

無事に二日目もこなして、泣かないようにはなりました。

滑れるようになるか、ちょっと楽しみです。

2.06.2007

平凡な夜

台所に鳴り響く音。

それは、四人家族が小さなテーブルを囲んで、モクモクと食べながらお箸をカチャカチャ鳴らしている音のことである。この音がくっきり聞えるということは、言い返せばあまり会話がないということである。喧嘩をしているわけでない。四人のうち二人以上が仮にも喧嘩をしていたならば、それは声に出ていただろうし、それを止めようとする声もあったと思われる。この家族は、仲が悪くない。ただ、今は静かに食べている。仲良くとも、静かに。

テレビはつけていない。いつの事だったか、父親か母親が食事中のテレビは良くないと宣言し、その鶴の声に従って食事中はテレビも、ついでに新聞も禁止となっていた。誰もがこの静けさにはじめは違和感を感じていたが、そのうち慣れていった。話題があるときももちろんあるし、その時は会話もするし、喧嘩だってする。ただ、何も話題がないときはこう、静かに食べるしかないのだった。

ただ、一度この状態になってしまうと、その食事が済むまで別の音を割り込ませるのは非常に難しかった。それぞれ、この静けさを壊すまいと、自然に構えてしまうのだった。四人の意識は次第に茶碗の底へ、底へと深くもぐっていくのだった。

カチャカチャ、カチャカチャ。

カタン。

「ごちそうさま。勉強がまだ残ってるから、部屋に戻るね。」

次男が立ち上がる。茶碗とおわんを丁寧に重ねて、流し台に置きにいく。
トン、と茶碗の底がステンレスの流し台に当たる音がする。
蛇口をキュッと開く。米粒が茶碗にこびりつかないように水を少し足す。
キュッと閉じる。キッチンペーパーを数枚ちぎって手を拭き、くずかごに投げ込む。

「ごちそうさま。」

二度繰り返したことに気づき、母親が我に帰ったかのように、

「おそまつさま。」

2.05.2007

クローバー、母親

清水風太という男の少年時代の記憶。
彼の母親である信子の言葉が、どうも印象に強く残っている。

「四葉のクローバーはとても、ラッキーなものなのよ」

少年の風太はそれを聞いてから、学校の帰宅路にある土手で四つんばいになって四葉のクローバーを一生懸命探した。日が暮れるまで探した日もあり、心配になった母親は泥だらけの風太を叱ったこともあった。探し始めてからちょうど10日目に、とうとう風太は四葉のクローバーを発見した。想像していたものとは異なり、四葉とはいってもバランスが非常に悪く、4つ目の葉(風太の中では勝手に4つ目だったのだった)が他の葉より一回り小さかった。

これでもいいのか、と少し不安でもあったが風太はそのクローバーを摘みとり、ポケットの中で潰れてしまうといけないので手に持ったまま家に持って帰った。そして、自慢げに母親に差し出した。

「摘んできちゃったの?まったく、もう・・・」

母親にまた、叱られてしまった。少年は混乱した。

「あのクローバーはきっと、他の人を待っていたのよ。」

ただ、摘んできてしまったのだから、また土に植えてももう手遅れだ。母親は無言で少年のクローバーを手に取り、そのまま台所の流しでほこりを洗い流した。風太はシクシク泣きながら部屋に戻っていった。数日後、母親がそのクローバーの入ったしおりを本に挟んでいたのを、風太は今でも覚えている。