11.30.2007

エメラルドの都に行った

ある土曜日の夕方の出来事。

笹島という男は、娘のミカちゃんと近くのスーパーに行っていた。というのは、ママが今夜お友達とお出かけなのだ。帰りが遅くなるということで、珍しく二人で夕飯をこしらえることにしたのだった。実は笹島、持ち合わせがもう少しあれば弁当かファミリーレストランで済ませるつもりだったが、たまたま財布には小銭を合わせても1,437円となんともいえない中途半端な額しか残っていなかった。理由はともあれ米は家にあるので、スーパーでカレーの具のタマネギとニンジンと挽き肉を調達した。挽き肉で作るカレーは旨い。コクがある。

買い物袋を片手に、もう片方はミカちゃんと手をつないで夕焼けの川の土手をテクテクあるく。暗くなるのが早い。

月が、でかい。
月が、明るい。

月が、緑色だ。
緑色?

笹島は驚き、ミカちゃんの手をぎゅっと握った。
ミカちゃんも笹島の異変にすぐ感づいた。ミカちゃん、月が緑だね。

うん、キレイ。ミカ緑、大好き。

それは良かった。でもミカちゃん、なんでお月さま緑になっちゃったのかな。

お化粧してるの。

化粧?

ママと同じよ。だって、ママ今日お化粧してたよ。コツがあるっていってたよ。

笹島は笑った。
ふーん、どんなコツなのかな?

気分転換が大事って。

笹島は青ざめた。
ママは、お友達のノリコお姉さんとご飯食べるんだよね?

そうだよ。

そうか。

自分のために化粧するっていってたよ。

お月様もそうかな?

お月様もそうだよ。

11.23.2007

ソープレストランド

「高い金をはたいているのだから、私を満足させよ」

高級レストランなんだろうが、まるで風俗店にでも通うかのような心構えだと思う。ちょっと品がない。いやむしろ想像上、風俗店を利用する人の方がある種の品格を保ち、それはマナーと呼ぶべきものなのか、その振る舞いの方が何となくふにおちる。一概には言えないかもしれないが、そこには最低限のキャッチボール、サービス側と受け身の間で一つの空間を成立させるための努力が存在する気がする。ようは、どれだけ金にモノを言わせて、サービス側に責任を押しつけているのか、それに尽きる。のだと思う。そしと私は、何となくサービス側を気の毒に思えてしまう。

そのような消費者傾向に対し、開き直ってべらぼうに高い値段設定をして金持ちの方がモノワカリが良いだろうと祈るか、それとも鈍感を貫き自分の責任だけを果たし客には目をつむって空間の成立については事実上妥協するか、の二極化。いずれにしても、お店が客を教育することはとても難しいこと。

腹がへった。

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死刑制度について考える。

アメリカで行われるその種の裁判では、トチ狂ってるから死刑にしちゃダメ、という論戦が被告側で良く用いられる。でも人を殺すくらいの最低限の「トチ狂い度」があるは公知だろうから、それだったら誰一人死刑にしなくてもいいのでは、とか。

後は、被告は生き続ける限り弁明は出来るけど、殺人の場合被害者は何も打つ手がないなあ、とか。人を殺すことは良くないとツクヅク思う。

人が人を殺すことはおっかない。空気が人を殺せることはSFだ。
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とある古代の人食民族があって、現地の言葉で人の肉のことを「長細い豚」と呼んでいた。

我々はポーク味らしい。

11.21.2007

盗人のあれこれ

増渕という名の男はプロの盗人だ。

そもそも盗人にプロやアマチュアという分類はないといえばないが、増渕は人のものを盗むことだけによって生計を立てている。仕事やアルバイトは一切していない。従って、その時点でプロの盗人といえるのだ。あと加えるとするならば、増渕は盗むことにまつわる良し悪しにつき悩むことは時々あるが、とりわけ辞めるきっかけがない。その一方で、成功し続けるプレッシャーの渦中、日々ひたすら技を極めざるを得ない状態なのだ。つまり、「盗人」を、たとえば、「コロッケ屋」、に言葉をすりかえる事ができたとすれば、これ以上輝かしい「プロ」はないといえるだろう。

今日は天気がとても良い。雲ひとつない、青い空。
増渕もとても気分が良い。

さっそく、今まで目をつけていた高級マンションの下見に出かける。オートロックが設置されているが、階段のガードが甘い構造なのだ。タイミングよく、とある独身サラリーマンが出かけて行くのを確認できた。いつも高そうなものばかり身につけているので、期待ができそうだ。増渕は階段をふさぐドアを楽々とよじのぼり、3階にあるそのサラリーマンのマンションにたどり着いた。ロックも、難なくこじ開けることができた。

高級時計、だらしなく台所のテーブルに出しっぱなしの通帳、ステレオコンポ。増渕は品々を冷静に見定め、持てる物・持てない物別にすばやく判断を下した。

そして、今日は気分が良いので玄関周りを簡単にクイックルワイパーしてその場を去っていったのだった。

11.15.2007

先のことは分からないから

男と女はUFOキャッチャーの前で立ち止まった。
駅の近くにある、ゲームセンターの路面側に配置されていた。

ガラスケースの中にある景品は、おびただしい数の生命保険の申込書だ。しかも、かなり多くの種類のものが並べてある。保険金の大小だけでなく、終身保険や掛け捨て、がん保険や学資保険、10年後の満了から30年後、ありとあらゆる特約やオプションが揃っている。1プレー/5,000円。

お金を入れるところに、説明が加えられている:

「山椒生命保険相互会社は、お客様の声に応えて今までにない斬新な生命保険販売の手法を編み出しました。このUFOキャッチャーでゲットした申込書に押印して郵便ポストに入れれば手続きは完了です。得意げにわけの分からない保険商品を進めてくる営業マンにうんざりしていませんか?繰り返しお茶に誘い出されては、世間話がてら生活についてネホリハホリ問われることに嫌気を感じませんか?簡単インターネット見積もりが難しすぎて裏切られた気持ちになったことはありませんか?奥様に、いつになったら生命保険のことまじめに考えるのと責められていませんか?正直50年後のことなんか知らねぇ、と言いたくなるときはありませんか?あたかもまじめに設計された保険契約が全てここに!さあ、あなたも夢の巨額保険を目指してレッツゴー。お客様とご家族の安心と安全を、山椒生命保険相互会社は応援します。」

男は1,000円札を5枚投入し、女が見守る中UFOキャッチャーに挑んだ。

ねぇねぇ、シンジ、あのがん保険すごくない?

よぉーし。あっ。

結局取れたのは20年の掛け捨て。死亡保障100万円。特約なし。

男はしゃがんで、景品の出し口から申込書を取り出す。

まぁ、取れちゃったしな。

残念だわね。

これでいっか。

11.13.2007

名前を付けなくて良かった

山中春夫は22才の会社員。

一年前に栃木から上京し、小さなアパートで暮らしている。就職先は小さな広告製作会社だ。大手広告会社の下請けが主な仕事だ。給料は安く、目上の業者の人使いは荒いが、憧れの職業に就けたことに満足をしている。東京といえども、贅沢をしなければ十分生活はできるのだった。

春夫はタバコ好きだ。しかし、会社では喫煙所がない上、他にタバコを吸う社員がいない。一年足らずの新入社員がこっそり一人で休憩を取りタバコを吸いにいくにも、どうも後ろめたいことだしできなかった。昼休みに吸い貯めをするしかなかった。それを見た上司が笑い混じりに言う。山中君、出世したかったら禁煙が一歩目だな。春夫は、はぁ、そうですかと相づちを適当に打っておいたのだった。

そんなきっかけもあって、春夫はアパートの部屋ではタバコを吸わなくなった。灰皿をベランダにおき、外で吸うようにしたのだった。

ところが、ある日会社から帰るとベランダは妙な光景となっていた。ハトかスズメか何かが、灰皿に卵を産んでいったのだった。灰皿はたまたま吸殻が溜まっている状態だったので、卵のクッションとして都合の良い場所だったのだろう。いつ親鳥が戻ってくるか分からないし、かといって他に適当な卵のおき場所も思いつかないので、春夫は卵をそっとしておくことにした。近くのコンビニエンスストアで携帯灰皿を購入し、再び部屋の中でタバコを吸うことにした。

次の日の夜になっても、親鳥が戻ってきた気配がない。春夫は卵を気の毒に思ったが、どうしてやればいいのか分からなかった。秋風が吹くなか、卵を部屋に非難させ暖めてやるべきだろうが、そうすれば親鳥が戻るタイミングを見逃してしまう恐れもあった。結局、春夫は取引先からもらったアロマキャンドルに火をつけ、卵のそばにおくことにした。何もしないよりはマシだろうと、思ったのだった。どの道アロマキャンドルには用が無かった。

その次の日の夜、元々小さかったアロマキャンドルは完全になくなっていた。灰皿の中の卵はグシャグシャになっていて、ベランダ中に吸殻や卵の欠片が散乱していた。おそらく、カラスか何かに食われたのだろう。アロマキャンドルの香りか灯が、返って卵の存在を目立たせたのだろうか。

春夫は灰皿ごと燃えないゴミに捨てて、その夜のうちにベランダの掃除をした。その後携帯灰皿を片手に、またそのベランダで夜空を見上げながらぼんやりと煙の輪をふかしていた。

11.11.2007

五年ぶりの一人暮らし

ヒナミケイスケです。

ポロポロ出てくるものだから、どうしようもない。
つくづくもろくなってきたものだと実感した一日でした。

今日は妻が出産のための里帰りの日でした。荷造りの手伝いをしたり、親戚のクルマに運んだり。こんなに、本当に使うんかと突っ込みながらも、ノドの奥で何かが大きくなっていく感じ。しっかりやれよ、という立場が逆に心配されるという、いささか恥ずかしい結末となる。いいじゃないか、ちょっとくらい泣いたって。

妊婦というのは別の生き物だと思う。すぐ怒るし、動けないし、平たくいうと何かとケアがやっかいだ。それでも、請け負うものを考えるとまぁ、その分許せちゃうものだと思う。人間を含めて動物の子供、カワイイのは親に面倒を見てもらうために可愛く出来てるのが自然の摂理という。きっと、妊婦というのは子供返りするわけにもいかないから、周囲に気を使わせるように、こういう生き物に姿を変えるのだと思う。

てなわけで、マンションに残された私が一人でも淋しくならないようにコタツが用意されたのである。カップめんを食べた。とりあえず、テレビを流しっぱなしにしている。きっと、今夜電話がかかってきたら我に戻っていると思う。そんなものだ。静かだ。

冷静になった後が、一番恥ずかしい。
ああ、どうしよう。

11.07.2007

直近のわーい

初体験である。

先月、有給を取った日があって幼稚園の遠足の係りをやった。帰りは、迎えにきた妻と子供と三人で。トコトコ歩いてると、妻のお母さん友達とばったり会い、そのまま母方は井戸端会議。相手の子供と、ウチの子供と、私は15分ほど「放置されプレー」に陥る。

それで、今日会社から帰ると、妻はまたそのお母さんと最近会ったのだそう。あのお母さん、あなたのことカッコいいって言ってたわよ。10代の若さじゃないけど、若くてカッコいいって。信じられる?とのこと。余計な一言二言はあるが、生まれてはじめて「カッコいい」という形容詞と私が同じ文章に共存したことになる。

薄々、これで今年の運を使い果たした気がする。
よく分からないけど、わーい。

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今日は久しぶりにおでん屋さんに行った。つまみで頼んだカツオのタタキの残ったタレに、ご主人が湯豆腐を入れてくれた。

秋晴れと肌寒さとチクワブと湯豆腐に、わーい。

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先週末、親戚を招いて七五三のお祝いを開催。初対面同士の親戚もいて、そこそこ神経を削られる一日となる。後日、私の方の親戚からお礼のメールをいただき、奥さんのご家族ステキですねとうれしいお言葉をいただく。

最初は気が進まなかったけどやった甲斐があったことに、わーい。

11.05.2007

やるせなさ

西暦2873年8月12日

・・・だと思う。宇宙船のカレンダーと電子時計しか頼りにしていない。この日付けが正しいとすれば、私は火星で暮らし始めてちょうど5年間たつ。日付けはともあれ、時が過ぎるのが早い。かつての地球の科学者は火星で生活できるようになるまで最低20年はかかると言っていた。彼等がまだいたとすれば、どんなもんだい、と言ってやりたいと思う。でも、私が知る限り地球はもうない。私の宇宙船が火星に不時着をする際、横目で地球がこっぱみじんに爆発するのを見た気がする。ときどき宇宙服を着て外を歩くが、空に地球のあるべきところには、何も無い。

この宇宙船が、私の今の住処だ。皮肉なことに、データベースに地球の書籍物のデータも入っていて、その一つがロビンソン・クルーソーだ。漂流記か。最初に読んだときは共感したりもしたが、彼と私で決定的に違うのは、漂流者である彼と比して、私は移民者であることに気づいた。私には、帰るところがない。クルーソーの日記はいつか、誰かが読んでくれるだろうという希望が含まれている。私の日記は、私のほかに読める人間はすぐ側にいる。だから、この日記も今日で終わりにしようと思っているのだ。

私と一緒に妻と息子がいる。そして、妻の腹の中には初めての火星生まれの人間となろうとしている子供がいる。本当の意味での火星人か。性別は、分からない。アダムとイブの神話を思い出す。イブは二人の息子を産んだそうだ。そこから人類が広まったというが、男二人でどのように繁殖したのだろうとリアルに不思議に思う。本当にその人たちしかいなかったのであれば、息子たちはとてもイヤな決断を迫られたに違いない。いや、その価値観すらなかったのだ、当時はきっと。余計な価値観を抱いているのは私と妻なのかもしれない。

ただ、そんなことを悩んだところで、私自身どうにもしてやれない。子供達が男・男であろうと男・女であろうと、やつらに人類の運命を委ねる他、私はなにも彼等に強要することはできないし、したくもない。私は出来る限りの役割を既に果たしたのだ。純粋にそういい切れてしまう状態を、私はどう捉えればいいのか。

そして今日も宇宙服を着て、外を少し散歩してきた。