5.30.2008

ブスな心に育つ声の持ち主

「もしもし」

「仕事をしませんか?副業のご提案です」

「どんな仕事だ。お金には人並みに興味はあるが、私はとても忙しい。なにせ、毎日会社に通わなければいけない。」

「決して難しいことではありませんし、時間もかかりません。やっていただきたいのは、寝るまえに髪の毛を五本ほど、抜いてください。報酬は一晩分で5千円、月末にご参加いただいた日数にかけて銀行振り込みいたします。やる夜、やらない夜はあなた次第です。抜いた毛は捨てていただいて結構です。」

「冗談はよそにしてくれ」

ガチャリ。変態と一言でいえるものの、本当に妙なやつがいるものだ。男はしばらく気分が悪かった。風呂に入ってる間も電話の声の持ち主が気になって仕方がなかった。反射的に相手を突き放すような話し方をしてしまったが、考えれば考えるほどあの副業の話が本当だったら悪い話ではないじゃないか、と半ば思えてしまうのだった。

男は裸のまま洗面所の鏡のなかの自分と向き合い、目立たなさそうな耳まわりの髪を五本抜いた。その、翌日も。その、翌翌日も。月末になると、電話の向こうの声が約束した通り、1万5千円振り込まれていた。通帳には「メイワクリョウ」と記載されている。

そのとき、かつてない酷い吐き気が男を襲った。

5.26.2008

美しい男、更に美しい女

ここの席、空いてますか?

モテモテの沢田氏がバーで飲む女性に声をかけた。

待ち合わせしてるので、あと少しで友達が来るんです。

そうでしたら、お友達が来るまでいさせて下さい。あなたのようなステキなレディが一人で座っていて、まさかとは思ったんですが。沢田は隣の席に腰かけた。

あら、一人じゃいけない?

決して。一人だったら、暇潰しにでも、私の話を少しでも長く聞いてもらえるかも知れないと思いましてね。でも、先約アリなんですね。彼氏ですか?

図々しい人ね。あなたには関係ないじゃない?

本当にキレイだ。この部屋で一番美しい。いや、今まで合ってきた女性の中でも最も美しい。私は沢田といいます。あなたは?

あたしの名前は小山よ。正直いってあなたにはあまり興味がないわ。話すだけ時間のムダだと思うけど?

はっきり言われる方なのですね。

上手そうなのが苦手なのよ。

女はマティーニを持ってバーカウンターを去っていった。

5.20.2008

浮遊霊ソノ伍

寝つきが悪かった。寝返りを繰り返してかえってくたびれたが、皮肉なことに睡魔だけは召喚できなかったようだ。諦めた。諦めたといっても何か変わったことすることなく、仰向けで天井の豆電球を見上げるだけだった。

ふとんのふもとに、居間に通じるふすまがある。今夜は暑いのであけたままだ。

ヒタ・・・ヒタ・・・

ヒジで起き上がり、居間の方をみる。私に背を向けた子供が「側転」をひたすら繰り返してる。壁から壁まで。突き当たったら再び反対のほうまで。すばやく、しかもかなり正確な側転をするもので驚いた。

しばらく眺めた。五分か、それとも三十分くらいやっていたか。よくくたびれないものだ。

ようやく側転を辞め、私のほうに顔を向けた。ぐしゃぐしゃに泣きじゃくっていた顔をしてる。

お前も眠れないのか?

こっちで私と一緒に豆電球を眺めないか。

5.17.2008

五月雨太郎

三日間のプチ断食をやりました。ダイエットというより、デトックス効果が大きいそうです。最初の二日間は割と余裕でイケると思いきや、三日目は予想以上につらかったです。一目神様が見えた気がします。よぉく分かったのは、三日間食べないところで人間は死にゃせんということと、食べないといずれ人間は死ぬ、といったところでしょうか。ぼーっとしてるのでいつも通りの生活とまではいきませんが、三日程度であればさほど危険性は高くないそうです。

来る6月ですが、ok city okとカナダのインディーズ系フェスティバル「North by Northeast (NXNE)」で出演することになりました。フジロックとかとは違って、三日間の間トロント都心にある数々のクラブを貸し切って行われる形式になっているそうです。やむない長時間の飛行機をのぞけば、とてもとても楽しみにしています。お金では買えない体験ができそうなので、なんだかとてもツイてる気がします。

祖父のお葬式でした。さすがに90歳代となると半ばお祝いだろうとはいいますが悲しいモンは悲しいですね。顔を触らせてもらいましたが本当に冷たくて驚きました。どうにも葬儀屋で食べるお清めの料理はダメのようです。どうがんばっても、あの生温いお寿司と冷たい唐揚げは喉を通りません。

最近、引っ越しました。同じ東京都の江東区ですが、もう少し静かな場所に移りました。自分の部屋を確保することができて、少しホッとしています。

5.08.2008

また遊ぼうねと言いなさい

じいさんの様態が悪くなったから病院に来てくれって。小さい頃から何かと世話になったじいさんなので、老人ホームに入ってからも定期的に顔を出すようにしていたが、この数ヶ月すっかり二人目のひ孫を見せに行くことを忘れていた。

人の身体というのはどの機械と同じようにいずれは衰えて壊れてしまう。祖父は仰向けで病室の天井を眺めながら全身全霊を呼吸に集中させていたよう。頸動脈には点滴のくだが射されていて、枕元には大きく「絶食」の看板。入れ歯が外されてるせいか、それとも体力がないためか、一言も喋れない状態だった。体臭が相当きつい。きっと、この数日間ずっと調子が悪くて風呂どころではなかったのだろう。

祖父はずっと私の記憶の中では身体が丈夫な方で、60を過ぎても頑固に大工の仕事を続けていたことが印象深い。それもあって、この変わり果てた姿が思った以上にショックだった。

幸いなことに意識はわりとしっかりしていて、目を合わせたり、うなずいたりすることでコミュニケーションはなんとかとれた。ひ孫1号の手を握ったり、2号の頭をポンポンなでたり。少し、笑ったり。じいさんあんたひ孫二人目にもなって、まだ髪の毛フサフサなのはどういうことなんだかね。

そんな苦し紛れなセリフを漏らしながら祖父の頭をなでてる自分が少し複雑だった。

5.01.2008

サバンナの宴

中年の男がある縁で孤児の子供と出会った。男は孤児のことが気の毒で、なんとか力になれないか頭をひねるにひねった。

小わっぱ、何が欲しい。
オイチャンが持ってきてやる。

オイチャン、いまは腹が減ったよ。美味しいマンマを持ってきておくれ。

よしきた。男は金はなかったが、簡単な料理くらいならできた。白いお米をたくさん炊いて、ゲンコツのような握り飯を山ほどこしらえて孤児に食べさせた。

孤児は喜んで握り飯を平らげた。
ボンズ、次はなにが欲しい。

自転車が欲しい。

男は駅前の駐輪場から適当な自転車を盗んで孤児に与え、付きっきりで乗り方も教えた。

ボンズ、次はなんだ。

オイチャン、母ちゃんが欲しい。

父ちゃんじゃダメか?オイチャン父ちゃんならなってやっていいが、おっぱいないし臭いし勉強もわからねぇし、さすがに母ちゃんはつとまらねぇ。

じゃあオイチャン父ちゃんでいいから、母ちゃん連れてきて。

男は旅に出て、孤児の母親になってもいいと思いそうな、いい臭いで頭がよさそうで、オマケに綺麗なおっぱいの若い娘を探しに探し、頭をペコペコ下げながらようやく妻をもらうことができた。夫婦として孤児のまえに再び現れて、念願の母ちゃんを与えた。

ボンズ、何が欲しい。

弟が欲しい。

翌年、娘は可愛い女の子を授かった。

ボンズ、何が欲しい。

孤児院のツレにも同じ思いをさせたい。

ボンズ、オイチャン、それだけはできねえ。