2.28.2010

三毛猫と玄関の間に

出火の原因は台所の古いガスレンジとの結果が出た。

トメばあさんだけが、あの火事から生きて出られたのは、皮肉にも足が弱いからだった。台所が火につつまれてたころ、哲郎、加奈子、娘のノゾミは二階にいた。宿題の手伝いでもしていたのだろう。トメは一階の居間で三毛猫のブチとテレビを見ていた。できるものなら家族の近くに居たかっただろうが、二階まで上ることも一苦労するくらい足が悪かった。

ブチはノゾミが拾ってきたネコだ。しっかり面倒みるから、と約束しておきながら、名前をつける前に飽きてしまった。あわれなので、トメはブチと名付けてやった。時代遅れの名前ですまんなあ、でも時代遅れのばばあの言いやすい名前にさせてもらうよ、とつぶやいたのだった。ネコというのも、定位置から動かない人に近寄る性質なもので、家族の誰よりも早くトメと仲良くなった。

トメが煙に気づいたときも、ちょうどブチが膝にのっていた。無意識、というよりは、反射的にブチをかかえて寝間着のまま避難した。わぁわぁ消防隊が消火にとりかかっているあいだも、トメは野次馬にまじってブチをきつく抱きながらぼうぼう燃え上がる家を呆然として眺めていた。ブチは暴れなかった。みゃー、という。

小さな街で、中でもちょっと裕福な方の家だったので大体みんなトメばあさんのことを知っている。ああ、ネコ好きのばあさんね。ひどい話だよ、まったく。子供よりも孫よりも、ネコ助けるんだもんなあ。あの夜のトメの姿を見たものはそういう。

2.26.2010

火水水水金水水

刑務所の暮らしというのは、総じて面白いものではない。
囚人であれば、なおさらのこと。

よほど恐ろしい国でもない限り「拷問」を目的とした刑務所は少ないとして、囚人に求められていることは実にシンプル、だと思える。簡単、ではなく。それは何かというと、社会の目から離れたところで更生するか、また、更生しないのであればせめて社会の目から離れていることにつきる。そのいずれかを守れば、囚人だって、課せられた責任を全うしており、一定の権利を持つ立派とはいかないまでの一国民と言える。刑務所に滞在しているだけで。

保田清明は囚人として、そんな総じて面白くない生活を刑務所でおくっている。一応、罪は殺人だ。なぜ、一応という言葉が付くかというと彼は誰も殺していない。つまり、他人のあやまちで刑務所行きを命じられてしまった。残念な話だが、その一方、時の流れとは恐ろしいもので、二十年もこの暮らしをしているうちに有罪であろうが無罪か、どうでもよくなってしまった。最も、それは無罪だからこそ持てる心構えなのかもしれないが、とにかく今の氏にとっては正義とか、そういう価値観はボヤボヤしたものに過ぎない。保田はこの現実を受け止めていて、向き合うことで心を穏やかにしている。毎日、朝6時起床朝礼歯磨朝食掃除昼食休憩作業運動晩飯就寝、という一つの動作を繰り返しているようだ。

氏にも一人、友人がいる。信頼できる話し相手だ。どんな些細なことでも重大な秘密のことでも聞いてくれる。脱走しようと思っていることも、脱走した数時間後に再びバレずに刑務所にもどる作戦についても。刑務所の暮らしというのは、総じて面白いものではない。
囚人であれば、なおさらのこと。

よほど恐ろしい国でもない限り「拷問」を目的とした刑務所は少ないとして、囚人に求められていることは実にシンプル、だと思える。簡単、ではなく。それは何かというと、社会の目から離れたところで更生するか、また、更生しないのであればせめて社会の目から離れていることにつきる。そのいずれかを守れば、囚人だって、課せられた責任を全うしており、一定の権利を持つ立派とはいかないまでの一国民と言える。刑務所に滞在しているだけで。

保田清明は囚人として、そんな総じて面白くない生活を刑務所でおくっている。一応、罪は殺人だ。なぜ、一応という言葉が付くかというと彼は誰も殺していない。つまり、他人のあやまちで刑務所行きを命じられてしまった。残念な話だが、その一方、時の流れとは恐ろしいもので、二十年もこの暮らしをしているうちに有罪であろうが無罪か、どうでもよくなってしまった。最も、それは無罪だからこそ持てる心構えなのかもしれないが、とにかく今の氏にとっては正義とか、そういう価値観はボヤボヤしたものに過ぎない。保田はこの現実を受け止めていて、向き合うことで心を穏やかにしている。毎日、朝6時起床朝礼歯磨朝食掃除昼食休憩作業運動晩飯就寝、という一つの動作を繰り返しているようだ。

氏にも一人、友人がいる。信頼できる話し相手だ。どんな些細なことでも重大な秘密のことでも聞いてくれる。脱走しようと思っていることも、脱走した数時間後に再びバレずに刑務所にもどる作戦についても。

2.16.2010

業務連絡:your last chicken

ヒナミケイスケです。さびしいので、バンドをはじめました。

これからは今までのソロ活動と並行して、your last chickenというバンドでギターと歌をやっていくことになりました。音楽的にも一人のときと比べて一味違う感じなので、機会があればぜひ遊びに来て下さい。今のところ、アコスティック楽器と歌でなんとかまかなっています。

仲間は、昔組んでいたバンドのパートナーそして旧友のマキト(痩せ)で、氏もギターと歌です。あと、パーカッションで新しく迎えたユミさん(美人)がいます。三人で頑張っていきます。ホームページで視聴できますので、こちらもお立ちよりいただければ嬉しいです(http://myspace.com/yourlastchicken)。

色んな会場でのライブを模索していて、ワクワクしています。やっぱりアウエー戦は怖いですが、一言でいえばやりがいを感じます。お客さんの顔がハテナになるのか笑顔になるのか未知数ですけど、やれることからやって行こうかと。そんな器用な連中ではございませんが、お気軽にお声掛けいただければ、よろこびます。

決まってるライブは下記のとおりです:

2010年3月13日(土)
black box broadcast
sound studio noah 野方店
http://nogata.studionoah.jp/map.html

2010年4月3日(土)
live & café 原宿jetrobot
http://www.jetrobot.com/live_cafe_jetrobot/main.html

2010年4月18日(日)(昼の部)
三軒茶屋ライブ&バーgrapefruit moon
http://www.grapefruit-moon.com/

2010年4月29日(金・祝)
渋谷wasted time
http://www.wastedtime.jp

2.15.2010

奇妙な遺作

今となっては都市伝説と化している話のようだが、わずか10年前の出来事なので時の証人はまだまだ残っているのではないかと思う。つくば市で一時期かなりの話題を呼んだグラフィティアーティストについては、身元も、名前も定かでない。市民は彼のことを「キツネ」と呼んでいた。作品のどこかに、署名代わりにキツネのマークを残すのが特徴だった。たまたま夜中に彼を目撃した者によれば、キツネは当時15、16才だったので今は25才くらいだろうか。今頃、どこで何をしているだろう。

キツネが何故有名になったのか。つくば市にあまり多くのグラフティアーティストがいなかったのも事実だが、’それだけ’では最も、単なる厄介者だ。ただただ公衆便所やトンネルや商店街のシャッターに勝手に絵を描かれれば迷惑がられて当然だ。

キツネの作品のテーマは全部、食べ物だった。かなりリアルに描かれた上、通りかかれば本当にその食べ物の匂いがするのだった。ハンバーグからは濃厚なデミグラスソースの香り、あんみつからは黒蜜の香り、ビールからはホップの香り。フーセンガム。ラーメン。キツネは自分の放つ魔法に気付いていたのだろうか。

どの作品が古くて、どの作品が新しいのか、まったく分からない。ただ、みな口を揃えて一番見事と思われる作品は公園のブロック塀に描かれた巨大なチョコレートだった。子供たちは不思議なチョコの壁の重力に引かれるようだった。ただ、あまりにも巨大な板チョコなので、遠くから見ればただの茶色い壁に見えないでもない。匂いは間違いようのないココアなので、自ずとチョコだろうとほとんどの人は疑わなかったが、なかには本当にチョコレートなのかな、やや、ウンコかも知れない、と悪のりする者もいた。キツネは、そんな見た人の声に関してどう感じるだろうか。

2.07.2010

二重の鏡

私は売れっ子漫画家の佐伯さち子。本名は松本香織。週刊マンデー「大好きなのに大嫌い」の連載を描いてる。自分の人気を持ち出すことで品のない女と思われるかも知れないけど、私の考えは連中とは少し違う。人気がないのに人気漫画家はナシだが、人気があるのだから、いいじゃん、である。私はせっかく手に入れた人気漫画家の肩書きを、後ろめたく思うことはまずない。

いい家に住めるようになったし、アシスタントもついたし、編集者の扱いも随分丁寧になった。おまけに、男運も悪くない。でも、だからと言って私の生活から苦悩がなくなったわけじゃない。どんな物書きでも絵描きでも、インスピレーションに見放される時期は多かれ少なかれ必ずある。さっぱりアイデアが降りてこなくなった時はとてつもなく怖い。とてつもなく怖いのだけど、ジタバタしても仕方がない。根気よく待つしかない。そのうち、何かアイデアが降りてくるものと信じて。

私は自伝を描くことにした。意外と興味を持ってくれる人もいるんじゃないかと思った。しかし編集者に事前に相談しなかったせいか相当へそを曲げており、相手してもらえなかった。佐伯さち子の生活丸出しなんて、読む人はいるかもしれないけど、「大好きなのに大嫌い」のような漫画の売上に影響しかねないという。じゃあ、違うペンネームで、いや、それでは読者はゼロですよね、とがんじがらめだ。明日は美術館にでも行こうと思う。