5.20.2010

涙のランデブー(続)

決死のデッドボール。

あたしはあなたがこんなに好きなのに、こんなことになってしまうなんて、と言いながら両手で顔をかぶせて弁天はマウンドで崩れ落ちる。

二人は激しく抱き合った。青年の麦色と弁天の白い肌がマーブルアイスクリームのように複雑に混じり合った。青年はお椀のようなちぶさをガッチリわしづかみにしながらもやさしく首筋にキスをした。重なる唇から、ため息がもれる。そのとき。

ズゴゴゴ。

ベッドサイドにおいてあったビー玉が不気味な光を放し、部屋中が揺れ、そしてピタリと止まる。古いクローゼットのドアがひとりでにきぃぃ、と開くが中には誰もいない。

俺、ちょっと見てくる。君はここで待ってて。

やめときなよ。

大丈夫、大丈夫。きっとただの風だから。

あたし、とてもイヤな予感がするの。

涙のランデブー

みつ江は十六のごく平凡な村娘。身体が弱く、生まれつき耳が悪かったり病気をしがちだが、性格は明るく気持ちのよい娘だった。長く子宝に恵まれなかった家庭に生まれたためか、両親の愛情もたくさん受けてのことだった。見た目は美人というほどではないし、鼻がダンゴで少し出っ歯気味だったが、そんなことはどうでも良い俺の嫁になってくれと申し出てきたいい男がいた。

青年は性格のみならず、目立つくらいの男前でもあり、不運なことに弁天様の大のお気に入りだった。ライバルは排除すべく、弁天様はみつ江をとっつかまえてビー玉に変えてしまった。

デリカシーにかける弁天様だが、そのビー玉を青年に渡し、これがあんたの愛したみつ江ちゃんだぁよ、あきらめて私のペットになりなされウヒヒヒジュルジュル、と乱暴した。

青年は再び合体ロボットに乗り込み、都合良く巨大化した弁天様との最終決戦に挑んだ。

長期戦が見込めたので、序盤は手堅く、球数を節約するため打たせてアウトをとる戦法だった。しかし二回表に四番弁天、五番弁天に連続ソロホームランを食らってしまいKO。そして勝負の正念場は九回ウラ、二塁三塁ワンアウトツースリーで八番巨大ロボ。

静まり返った高野、したたる汗。

5.15.2010

最初で最後の最初の

山田徳郎、46才。

日本人の核家族化は誰もが事実として受け入れていることだと思うんだ。これには、恐らく私の親父の世代の性格も少し関係していると思う。親父は農家の次男坊で、兄貴が家をつぐのに自分も田舎にいてはつまらないという理由で都会にでてきた。半分ひがみ根性で来たくせに、思いのほか都会のくらしは上手くいき、仕事も成功して家族もできた。そのうち時の流れも見失い、気づけば骨の芯まで都会人になっちまってる。

罪悪感の裏返しなのか面倒なのか、親父は田舎の話はめったにしなかったし、遊びに行った回数は三本の指で済む。私も小さいころから田舎との縁が細かった気がする。やがてそんな親父も独りぼっちの立派なじじいになると、お前の世話にはならんと言って、えらく力んでてね、これが。自分には、悩む余地がないくらい決まりきっていたことだった。

そんな親父がこうなった原因がなんだったにせよ。急に死んだときには本家はとっくになくなっていて、はて山田家の墓はどこだっけ、と素朴な疑問に答えられる人が一人もいなかった。どうにもお粗末な話である。

仕方なく新しく山田家の墓をたてることにした。こんなこと言うとバチあたりだけど、日本中にいったいいくつの「山田家ノ墓」が既にあるだろう、なんて思ったりして、またそれを一つ増やそうとしていることに申し訳なくすら思えた。

一応、ながく使うものなので少し立派なものにした。せっかくたてるのなら、子供がいつかできたら墓参りくらいはしっかりさせておきたいと思う。

5.08.2010

エピローグエスト

作家の安部村は、ようやく原稿を書き終えて気がゆるんだせいか、その夜つい深酒をしてしまった。翌朝、どのように帰宅したのか記憶にないのに、見た夢だけは鮮明に覚えていた。

夢の場所は、安部村がいつも作業する書斎。先ほど完成した原稿の、エピローグで死なせてしまった主人公「町上冬樹」が、安部村の黒の革張り椅子に腰をかけていた。ツイードのジャケットに無精ひげ、細い目。安部村が文字で描きあげていた、「町上冬樹」の実物大が紛れもなくそこにいたのだった。

当然だが、戸惑った。それは自分の作品の登場人物と同じ空間にいる事態はさることながら、死んだはずの死人が目をパチクリさせてこう訴えてくるのだ。

安部村さん、なぜ私を殺したのです?

何をいう、私は人殺しではない。

いえ、あなたは私を殺したじゃないですか。

いや、お前は病でなくなっただろう?

その病を起こしたのはあなたの筋書き上の意図でしょう?ひどい。

そうだとしても、仕方がないじゃないか。

仕方ないことあるものですか。だいたい、肝心の事件が終わってから五年後のエピローグじゃないですか。あそこで死ぬことで何が生まれるというのです。

いや、ドラマだから、なんというか、読者の感動が生まれるといいとは願っていたがね。

読者ねぇ、私には関係ないですけどね。なんか、マジックミラーの向こう側みたいで。あんな余計なエピローグさえなければ、せめてこちら側では読者に見られなくても、安部村さんに書いてもらわなくても、生き延びていられたのに。

そういうことなのか。

そういうことなのです。

ふむ。

ええ。

5.05.2010

緊急マニュアル

第二章

堀北真希と二人っきりで食事することになり、口説き落とすまでは望めないものの何とか希望だけでもつなぎとめたい場合の緊急対応

まず、この章を活用することになった君に心からおめでとうと言いたい。死ぬほどうらやましい。恐らく、君も堀北真希のファンであろうから、そのときが訪れたら君の頭が真っ白になっていることを想像できる。私がついてる、心配するな。

まずは、落ち着け。ハキハキ簡潔に自己紹介することを忘れてはいけない。彼女はまず君に興味がないと考えればいいが、会話を円滑に進めるにあたってせめてその場で名前だけでもインプットしておいた方が良い。ポイントは、名字だけ。フルネームを覚えさせるのは、ハードルが高すぎる。余裕があれば、佐藤や鈴木や田中な諸君は覚えやすくかっこいい偽名をあらかじめ用意しておくといい。

堀北真希は有名で当然。彼女の正体については軽い確認程度でよい。知らないフリは、わざとらしいしかえってウザく感じるかもしれないのでお勧めしない。一方、本名や年齢とか踏み込みすぎた質問はかならず避けたい。あと、仮に尋ねられたとしても、絶対会話中に具体的な作品に言及しないことだ。これは大いなるワナである。絶対やめておけ。真のファンならご存知のとおり、彼女の演技はひどい。映画、CM、テレビドラマにしろ、まず良い役に恵まれないし、どのみち全てあの独特な愛らしい棒読みしかでてこない。ほめるところは他に沢山あるはずだ。勇気をだして、人間性を引き出してそこをほめろ。捨て犬みたいなぼーっとした笑顔が素敵、とか。

その二点をクリアできれば、食事はなんとかクリアできるだろう。残る問題は、どう連絡先を聞き出し、次会う約束にもっていけるか。そこは、残念だが君自身の人間力に尽きる。ようするに、君が堀北真希に対してイヒヒな下心が少しでもあった場合、それはどう隠してもバレてしまうのだ。それくらいの洞察力は持っているに違いない。あくまでも100%プュアな想いを持つ者だけに彼女は心をひらくのだと思う。

それでは。