8.29.2010

してはいけません

木ノ下は今年で35才。かしこいとは言えないが真っ直ぐで、概ね愛されるべきいい男である。ただこの男、少しばかり世話やきで、困ってる人を自ら探し出しては助けようとする、これまた困った習慣をもっていた。例えば、道を渡りたくもないのにそこらのおばあさんの手をムンズと握って強引に渡らせたり、会社の部下に悩みを聞いてやるといって朝まで飲みに連れ回したり。一言で片づければありがた迷惑。この種の盛んなボランティア精神を煙たがる人はいて当然だが、ただ、時たまこの男の言動をみて古き良きものを見いだすものもいなくはなかった。そんな男だった。

樹海に迷い込む人たちについてのテレビ番組なんて見てしまったものだから、じっとしていられる訳がない。きっと今そこにいったら、自分の助けを必要としている気がしてたまらなかった。

森林を歩き始めて早くも四時間経とうとしていた。助けるべき「誰か」の名前は知らないので、歩き探すしかなかった。

川に出た。地図を見てもこんなところに川はないはずだ。はて、迷ったか、と思っていたら川岸に小さな漕ぎ船があった。老人が一人、船のなかで立っていた。木ノ下は息をのんだ。三途の川だ。

三途の川ですか?

さよう。三途の川だ。

私はのらなきゃならないのですか?

冗談じゃない。来た道を50メートル引き返して左にまがって林道を3・7キロ進んだら県道にでるから、とっとと行きなされ。

老人はご立腹のようだった。なんとかなだめて、怒ってる理由を問い出すと、老人は実に正真正銘の三途の川の船漕ぎだが、木ノ下のボランティア心を悟ったようで、気に入らなかったのだった。こっちは出来高性なのだ。余計な世話はやめてほしい。どの道、ここまで来た者の決心はそう簡単に揺れるものではない。たとえお前さんが説得に成功したとしても、遅かれ早かれ、戻ってくるのだ。

木ノ下は反論した。どうせ死ぬから、なんて言ってたら医者はいらないでしょう。人として、死を遠ざけることは大いなる意味があるのです。

お前さんとは分かち合えないようだ。ここに来るまで、いったい何人にちょっかい出したんだ。今日はやたら静かだと思ったが。

四人に関与してきた。

なんと、四人も。頭がクラクラする。それらの者はどうした?

みんな、私に感謝をして帰って行ったさ。

二人の後ろの茂みで物音がした。中年の男が一人でてきた。木ノ下の顔をみて、驚いていた。

あ、あんたは先ほどの木ノ下さん…。

気まずい空気が三人を囲った。

8.25.2010

人の金を守ること

高橋貴子と言います。今年で二十歳になります。

大学に通いながら、実家の近所のコンビニでアルバイトをしています。アルバイトは高校の頃からずっと続いています。人には根気あるねとか、真面目だと言われますが、私は特にそう思っていません。何か大きな買い物をするでもないなら計画もなく、ダラダラかせいだお金は貯まることなくダラダラ消えていく生活をしています。

そんな大金がほんの一瞬でも私の財布に留まったところで、得する者は一人もいないと思っています。嘘です。だらしないのです。

一度、コンビニの深夜シフト中に強盗にあったことがあります。そのとき店長は外出していたので、私は一人でした。相手は強盗とはいえ、自信なさげだったのか素人だったためか、怒鳴るばかりでした。私は当然怖かったですが、相手を変に刺激しないように心がけました。お金も言われた通りに渡しました。

その後、店長は私を叱りませんでした。私がもっと早く警報のボタンを押していれば、とか、レジだけじゃなくて金庫の中身と自分と店長の財布まで渡しちゃったこと、思うところは沢山あったのでしょうが。店長はしきりに私の心配をしてくれました。

いまでもこの仕事が続いてるのは、おそらく私がずぼらであるからで、それ以上も以下もないです。

学習したのは警報ボタンのありか、いつもボタンへの最短距離を意識しながら働いています。また来るなら、いつでもきやがれこのヤロウ。

8.17.2010

利害にかかわる

家のとなりに小さな公園があります。日課というか、毎晩仕事帰りにこの公園のベンチで、家に入る前の一服をします。

いつまでタバコ吸ってるつもりなんかなぁ…んまい。あぁ、そうだった、美味いんだった。血筋でタバコがはじめてバレたのは今亡き祖父でした。夏休みだったと思う、たまたま一人で祖父の住む横浜のオンボロ一軒家でしばらく世話になった。バレた、というよりバラしたんだった。身内で唯一の喫煙者だった。タバコ吸いたいんだけど。毎晩夜は刺身と一合の日本酒を欠かさない祖父は思いの外、あぁ好きなだけ呑め、最近の若い連中は酒もタバコものまねえしつまらない。こんな話、いつだったか書いたことあるかも知れません。

さてベンチですが、困ったことに最近は連夜で占領されています。僕と同い年くらいの男が毎晩寝てる。自転車が側に止められている。ホームレスという感じじゃない。どこかから、わざわざここまで自転車できて、わざわざここで寝てる。何か深いあるいは面白い訳でもあるのだろうが、気にかける前に、まずはぜひ僕のベンチを返してほしい。

8.11.2010

みじけぇ夏休み

日曜日、はじめて一人で山登りに行きました。東京都の奥多摩は、東京の一部とは思えないほど自然豊かなところでした。数ある山から選んだのは、鷹ノ巣山という山。標高差が高く、長めのコースが特徴です。頭の中が真っ白になるまで歩きたい、という願いは叶いましたが、いかんせん叶いすぎて死ぬかと思いました。誰かの飼い犬を熊と勘違いして逃げそうになりました。昔の廃墟が怖くて写真をとらずに逃げました。逃げは多かったですが一応山頂にはしっかりいけました。三日過ぎても階段の上り下りが足首にやたらキます。でも、不思議にもまた行きたい、と思わせるのは、山の神秘か私のマゾ心のいずれかがあるからなのでしょうか。

(単独登山は解放的でとてもすてきな体験だと思いますが、セオリーとしては二人以上で行くほうがもちろん安全です。気の合う仲間との山登りももちろん楽しいです。念のため、ご参考まで。)

まずはバスで登山口に行きましたが、山道の手前に交番がありました。「登山計画書」を提出することができます。万が一遭難したときにそなえて、予定ルートや緊急連絡先を記載しておきます。お巡りさんが声をかけてくれました。鷹ノ巣山ねぇ、長いぞー。最初の登りが急だし、水はたくさん持っていった方がいいよ。いいお巡りさんでした。

忠告通り、やっとの思いで奥多摩の街に戻ることができました。生還を報告するために、今度は街の交番に入りました。到着したのですが、と伝えると、名前と利用した登山口を聞かれました。あぁ、ヒナミさんね、と言いお巡りさんは立ち上がり、奥の部屋に向かって大声でいいました。東日原発のヒナミさん、無事下山ですよ!と。奥の部屋からでてきたのは登山口で声をかけてくれたお巡りさんでした。多分、一日のローテーションかなにかでたまたま居たのだと思います。

いやぁ、君は心配だったんだよ。小さいペットボトル一本しか持ってなかったし(実はリュックに2リットルを持っていました)。いずれにせよ、良かった良かった、という感じで迎えてくれました。

これは多分、彼らにしてみれば何の変哲もない日常のことだったのかも知れませんが、私は少し感動しました。ちょっとだけですよ。ちょっとおじさん抱きしめてやろうと一瞬思っただけです。極端かつ急な運動のあとは、疲労のためか、どうやらホロリと人に心を許してしまうようです。

途中で追い抜いたおばあちゃんが無事だったか、気になっています。

8.06.2010

やさしい人

ヒナミケイスケです。

いつだったか、おかしな夢を見ました。私は友人とグリーンハウスの中にいました。グリーンハウス、なんですが中には野菜も果物もお花も一切なく、地面のかわりにじゅうたんが敷いてありました。

あと、らくだがいました。背中のコブが二つあるほうのらくだが一頭と、ターバンをつけたらくだ主。

ここはらくだに乗る練習上でした。私と友人は、ここでバカンスしており、らくだに乗りに来たのでした。

友人ははしゃぎまくり、俺が先に乗るよ、俺先ね、とえらく興奮していました。いや、別にいいけど、といったとたんに彼はらくだの背中に飛び乗りました。

こら、乗り方ちがうぞ、とターバン男は友人に注意しました。すこし、ざまあみろと思いました。

彼の乗り方のどこが間違っていたかというと、二つのコブの間にまたいでいたのです。二人乗らなきゃならないのに、真ん中に座られると、私は一緒にのれません。

らくだ主に注意された友人は、すっかりスネてしまいました。いいよ、ケイスケお前が次乗ればいいんだ、とらくだから飛び降りました。以上、そこまでが夢。

翌朝、とりあえずその友人に話をしましたが、夢にでてくれるのは結構だが、人の夢なので登場時間については多少配慮していただきたいと伝えました。見たい夢は他にもたくさんあるので。

友人は、快く、気をつけると言ってくれました。

どうやら、私は友人関係においては恵まれてるようです。