11.25.2010

トロイのヘレナと賢治

ヒナミケイスケです。

難しい本は得意じゃないです。中には好きなものもありますが、元から活字を読むペースが遅く、内容がややこしいと何度も同じページを読み直さないとわからない。本は一切悪くなく、スラスラ読めない要領の悪さに苛立ちを感じます。

宮沢賢治の、セロ弾きのゴーシュ、があります。ふと思い出しました。市民オーケストラのセロ弾きの青年が、十日間ほどひたすら練習をして上手くなる話です。夜な夜な、練習するゴーシュの家にいろんな動物がおとずれて、彼の邪魔をしたり助けたりします。

多分ね、すっごく奥深い作品なんです、きっと。そして多分、僕のいう難しい本の部類なんです。僕がちっとも理解してないだけで。僕にとっては、漠然と良い話で、希望とか夢とか愛とかいっぱい詰まってそうな気がします。そして、記憶のどこかに居座っていて、なんとなく忘れはしないんだろうなあ、なんでだろう、とこれからも口半開きでぼーっと思わせる作品なんだと思います。

初めて読んだとき、恥ずかしいですが、その後練習しましたよ。笑いも涙もありませんでしたが、楽器を手に取りました。素晴らしい本は世の中にたくさんありますが、こんな僕でも生身の人を動かせちゃうものはそうありません。

カワイ子ちゃんに関しても同じことが言えるのかも知れない。トロイのヘレナとか。あ、でも戦争を起こしちゃったらあまり良くはないなあ。

11.21.2010

スターの宿命

鮭です。私は、一匹の鮭です。

私の身は脂がのっていて、この時期はとくに美味しい。自覚している。私も自分の身にかぶりつきたいくらい。塩焼きもいいが、ちゃんちゃん焼き、ムニエル、鍋、刺身も捨てがたい。

どおりで種族の人気は高く、仲間や知り合いがしょっちゅう捕まっては食われている。もちろん、我々だって生き物なので、捕まるまでは個々生き延びるための努力はしなければならない。でも、なんとなく狩る側の気持ちも分からんでもないのだ。だって、鮭なんだもの。いざ捕まったら、諦めというか、気持ちの整理は割とつきやすい。

たとえば、くじらと比較すると、やつらは生きてる姿が優美だから、食卓にのせるにあたってある種の後ろめたさがどうしても残る。あと、正直そこまで美味いわけでもない。我々だって決してカッコ悪い魚じゃないが、あの食欲をそそるオレンジ色の身があまりにも強烈なため、食卓のイメージの方が先行してしまう。

いっておくが、決して自殺願望があるわけではない。ただ、仕方がないことは仕方がないと言っているだけである。

11.11.2010

「嬉し恥ずかし」とは

大地震がくるまでは、私の職業は役者でした。

いまでもその能力は眠ってるのでしょうが、いまの生活をしている上では現役とはいいがたく、どうもそう名乗り出る気になれません。舞台も、舞台を見に行く人もなくなった今日、私は「役者」ではなく「怪我をしていない31才男」になったからです。

10年前のあの日、私は運良く無傷でしたが、それからは生き延びるために僅かの生存者と助け合っています。地震直後は豊富だと思っていた保存食はとっくに底をつき、我々は無い知恵を絞って農業をはじめました。その外では、飲み水の確保、最低限の医療の技術を身につけるなど、やらなければいけないことは山ほどあります。私が生きてるうちに演劇といった娯楽が復活するかどうか、正直分かりません。

先日、サツマイモ畑でもう一人の女性と収穫をしていました。名前は、サユリだったと思います。単調な作業ですから、気を紛らわせるためにお互い昔話をしていました。彼女は会社員でした。

あたし、イサオさんのこと知ってるわ。あなた、俳優のサバ・イサオでしょう?テレビにもでてた。あたし、ファンだったんだから。

11.03.2010

やりなおしゴメン

島村楽太郎は480才だが、みためは31才だ。多少の前置きが必要なのかも知れない。

島村が実に31才のころ、悪魔と契約を結んだ。その内容はというと、島村が自らの魂を悪魔に担保として預けることと引き換えに、不老不死の身体を手に入れることだった。島村はその身体を持って好き勝手生きることができるが、ただし、「飽きた」と口にしたとたんに悪魔がその担保を実行することができるのだ。島村にとっては、十分自分にとって有利な条件に思えた。華のある人生を飽きるまで全うできるのであれば、たとえいつか悪魔に魂を引き渡すことになったとしても後悔はないと確信できたからだ。

というわけで、島村は480才になっており、いま現在においては「飽きて」おらず、どちらかというと快調そのものだ。時間さえかければ、想像の範囲内の目標は大概達成できるものだ。島村はまず試行錯誤の末、大企業の社長に上り詰めて大金持ちになり、贅沢三昧の生活を堪能してみた。その次には恋に生きる人生を楽しみ、死ぬほど愛せる女性を見つけては、先に逝かれて深く悲しんだ(懲りたが、飽きてはいない)。その次は芸術にふける日々をおくり、音楽や文学、写真、絵など、次から次へとマスターしていった。大自然も制覇した。死ねない身体なのでさほどスリルはなかったが、一応単独無酸素逆立ちでエベレストの頂上に立った。大きな国の大統領も、人を救うボランティアも、ホームレスも、プロ野球選手(日米両方)も、経験した。

いったいいつになったら飽きるのだろう、とふと思う今日この頃。