2.25.2011

スーツを着ること

数日前、おいしいラーメン屋を街で発見した。個人的にかなりヒットだったので、場所を忘れないうちに昨夜もう一度行くことにした。

ものの見事に迷ってしまい、少なくとも30分は街をウロウロしたのではないかと思う。

その間、沢山の黒コートのお兄さんに声をかけられた。飲み足りなくないですか、キャバクラどーですか、ガールズバーですお願いしまーす、次のお店はお決まりですか、と。最近景気がいいのか悪いのか良く分からずにいたが、水商売の必死さから伺えるのは紛れもない不景気だった。世の中のお父さんたちのお財布事情は引き続き深刻だ。

黒コートたちは丹念に、行儀よく、なだめるように声かけをしていた。ある意味、とても好感をもてる。誠実な何かを見たような気がしてならない。

シンパシーがすっかり黒コートに偏ってしまい、彼らのお客になりえない自分が少し居心地悪かった。いや、ラーメンなんです僕は、と素直に言えず、とっさに、次のお店が決まってるので、と嘘でない嘘をついてしまった。結果として見栄をはってしまったのだが、できれば歓楽街も歓楽街っぽく元気であってほしい、とも思えた。

2.23.2011

ニッキー・サンチェズ

ニッキー・サンチェズは日本にもういない。彼は先日南米に強制送還されたからだ。どの国だったか、彼の身近な友人も知らない。それは、ニッキー・サンチェズが友達に対して隠し事をしてた訳ではなくて、ニッキー自身どの国が古里か知らないからだった。ニッキーは日本で生涯のほとんどを過ごしていて、移民してきた両親もニッキーにその話をしたことがなかった。両親は何年前か交通事故で亡くなっていた。まさか、一人ぼっちのニッキーが覚えのない外国に行かされることになるとは思いもしなかったことだろう。

そういう意味では、この事態を説明するに、強制、までの言葉は合っているけれども、送還、ほど間違った言葉はないのであった。

スペイン語や、ポルトガル語どころか、英語だってまともに使えない。とても、気の毒だ。友達はニッキーと励まそうとした。でも、これからニッキーを待ち受ける困難をやわらげることはできないし、事態の不平不満を何度も何度も繰り返すことが精一杯だった。

ニッキーは最後まで泣いたりしなかった。何語、どの国か分かったらみんなにメールしてやるよ、しばらくかかると思うけどね、と笑ってみせた。

2.19.2011

未知との遭遇

山奥の貧しい村にサムライが迷い込んできた。盗賊か熊にでも襲われたのか、あちこちに怪我を負っており、いまにも倒れ死んでしまいそうだった。

村人は困った。誰一人サムライに会ったことがないので、どのように接すればいいのか分からない。ある者が、聞いた話だとおサムライというのは大変気難しい人種で、少しでも機嫌を損ねると刀を抜いて斬られてしまうので気をつけた方がよい、という。

当人は虫の息とはいえ、斬られてはたまったものではない。村人はサムライに群がるものの、近寄ろうとしない。助けるにも、追い出すにも、最初に声をかける者がまずいない。

らちがあかないので、村長が口をひらいた。えー、コホン。おサムライさま殿。あなたさま殿はおサムライで間違いないかね?できれば、刀は抜かないでいただきたいと思うのでごちそうさま。

ところが、そのとき既にサムライは気を失っていた。

おサムライが死んじまった!これはとんでもないことになった。村長、どうしよう。

村長は一歩に近づき、おもむろにサムライの刀に手を伸ばした。

2.13.2011

工藤捜査員の趣味

工藤捜査員が猫を発見したのは木曜日の夕方だった。アパートの借り主が行方不明になってから二週間ほど経つ。ドアをガチャリと開けるとすかさずニャア、と驚いたドラ声が聞こえる。部屋の奥から頭をひょこっと顔を覗かせて、捜査員を一目見ると、なぁんだ、といわんばかりに再び引っ込む。

工藤捜査員はたまたま猫好きだったこともあり、思わず任務をそっちのけにして、ニャー子、でておいでちっちっちー、と呼びかけてみた。猫好きというのは対象の可愛い・不細工はおいといて、まずはとりあえず声をかけてみる。それは、可愛い・不細工問わずに猫にモテることが嬉しいからである。ナンパの理屈からさほど遠くないといえよう。

さて、猫だが、首輪にトラ、と名前が書いていた。見事なくらいのおデブである。二週間の間、飲まず食わずに放置されていたとはとても思えない。本当に飢えそうな猫だったら、主人であろうが工藤捜査員であろうが食べ物をねだって来てもおかしくないはずだ。工藤捜査員がしらべたところ、アパートは密室であり、猫が自由に出入りできるようなところはない、と判断し、上席に報告した。猫のずぼらな態度を見れば、その要領はないとすぐ分かるものだが。

結果、工藤捜査員はちゃんと仕事をしろ、とこっぴどく叱られた。