8.30.2011

古い順に消えゆく

製造業、異性愛者、清涼寺義巳、猫舌、32才、週4~5杯程度、吸わない、映画鑑賞、コロッケ、特になし、3人(結婚歴なし)。

土曜日の午前9時にパチンコ屋に入った。いま14時になりかけている。給料日が金曜だったものだから、残念なことに懐はまだあたたかい。このまま当たりがない状況がつづくと、あと2、3時間は居てしまうのだろう、といささか諦めかけている。波に乗れたらあと4、5時間。当たってほしいのか、ほしくないのか、本人すらよく分かっていない。

不規則にはじかれる無数のパチンコ玉を眺めていると、ふと子供のころの思い出が頭に浮かんだ。義巳が4才のころ、当時上の兄弟が二人いた(妹が生まれたのはその数年後だ)。ときどき母親から50円玉を一人ずつもらい、近所の駄菓子屋でお菓子を買っていた。ある日、義巳だけ幼稚園の行事か何かで母親とでかけていて、帰りは15時過ぎだった。姉と兄はあらかじめ母親から50円玉をもらっていたようで、綿菓子を食べていた。祭りで買うような立派な化粧袋に入ったものではなくて、食べきりのアルミ袋に入った安っぽい類の。私は当時、綿菓子を知らなかったが、見た目だけでも実に神秘的で、美味しいに違いないと確信できた。タイミング悪く、その日の兄弟は意地悪で、それ何?とたずねたら雲だよ、とクスクス笑いながら義巳をからかう。ちょっとちょうだい、と二言目を発して間もなく綿菓子は二人の腹におさめられていた。

出遅れた義巳は悔し涙をこらえながら母親から50円玉をもらい、急いで一人で駄菓子屋に行ったが、綿菓子はもう売り切れていた。他の菓子を買う気になれず、同じ勢いで家に走って母親のひざ元で大泣きをした。

義巳が覚えている中では最も古い記憶だった。

8.27.2011

重みのこと

長い一日を終えて帰宅した安田は、その日は何もせず寝ることにした。テレビもパソコンも見ず、本も読まず、オナニーもせず、何よりもさっさとシャワーを浴びてグッスリ眠りたかった。

風呂上がりの身体が火照ったまま照明を消して仰向けに寝転がるが、なかなか寝付けない。身体の重さで安田の頭は大きな枕の中に沈み、両耳が被さる。じっとして数分経ったのか数十分だったのか分からないが、いずれ大きな枕が暑苦しく感じたのだった。

安田は少し起き上がり、枕を両腕で胸に抱きしめて、横向きで寝た。この枕の抱き心地があまりにもよくて、あ、気持ちいい、と思ったとたんに深い眠りについてしまった。

8.15.2011

リチウムの真相

携帯電話のリチウム電池がどれだけ気の毒で、どれほどみじめな思いをしてきたか、果たして考えたことのある人が何人いただろう。

私に言わせてみれば携帯電話のリチウム電池だけにはなりたくない。他の家財だったらテレビでも箸置きでも固形石鹸でも、なれと言われればある程度前向きに生きれる自信があるが、リチウム電池だけはどう考えても無理だ。

暗い暗い携帯電話の中に閉じ込められ、昼と夜の区別もつかないままじわりじわりと体力だけが吸い取られていく。それで終わればいいが、充電されてしまうので何度も何度も繰り返される。充電が切れるというのは亡くなることなので、蘇ることが確実だったとしても決して気持ちのよい扱いではないはずだ。今日はギリギリで充電してもらえるかな、それともまた三途の川をとんぼ返りかしら。ハラハラドキドキなんてものではないはずだ。

今夜は充電が切れるまで話そうか、とスカして言う野郎はモノに対する思いやりが欠落しているとしか言いようがない。

8.07.2011

アノヨノテレフォン

番号案内です。お名前お伺いします。

はい、酒井田博士。酒屋の酒に、井戸に田んぼ。下の名前はハカセの博士です。

ありがとうございます。生年月日お願いします。

はい、昭和21年8月7日です。

死亡日確認お願いしまーす。

えーと一昨日、8月5日、いや、夜中過ぎだったかなぁ、6日かも知れません。

かしこまりました。少々お待ちください。ツー…

もしもーし!

あ、おやじ!?もしもーし!

おお、ハジメかあ。

もうオヤジ勘弁してくれよ、このクソ忙しい時期にポックリ逝くのさあ。

いやぁすまんすまん。やっぱ、アレだったか?

心筋梗塞。だから何度もいったのに。肉食い過ぎ。

そうかぁ。仕方ないなぁ。肉美味いもんな。

俺ちょっと忙しいから用件だけ言うよ。また今度、母さんと加奈子が電話するって。

おう。

通帳と印鑑どこ?

あぁ、ごめん。会社におきっぱなしだわ。総務の船本さんに聞けばデスクから出してくれるよ。

りょーかい。じゃあ、家のパソコンのパスワードは?住所録にのってる人、みんな通夜によんでいいよね?

あ、あのさ。

なに?

柏木香織って人だけ呼ばなくていいや。

なに、愛人か何か?

ばぁか、お前デリカシーもう少し持て。死人相手だぞ。

まあ、分かったよ。詳しいことは俺に関係ないし。他には、よびたくない人いる?

いや、大丈夫だ。

通夜明日、告別式明後日だから。

了解。ありがとう。

あ、遺影どうする?

うーん、任せた。

最近なあまりないからなぁ…オウケイ。そんな感じかな。あ、生命保険。保険証どこおいた?

俺の部屋の机の一番下の引き出し、カギかかってるやつ。カギはベッドのしたにある。

オケー…と。

ハジメ?

うん?

俺のPCメールから柏木君に一本メールいれてくれるかな。来週の飯いけないって。

オヤジ、やっぱおま…

母さんに内緒な?

ほんっと呆れた。バラすよ?だってもう関係なくねーか?

いや、そうだけどさ。母さん来るとき、いつになるか分からないけど来たらすごく怒りそうだから、さ。たのむよ。

あぁもう、わかった、わかった。馬鹿おやじ。まあ、この度は長い人生おつかれさま。

おう、また電話くれよ。葬儀たのむな。

おう。電話代高いから切るぜ?

おう。またな。

ツー……。