8.29.2012

あなたに花を

窓無しの取調室がやたら蒸し暑い。一角のテーブルに小さな扇風機が置いてあるが、あまりにも頼りなく逆に冷やかしに思えてくる。 私の名前は加藤正文、44才。主な職業は犯罪だが時々パチンコでパートをしている。人見知りなのでヤクザには属していない。 刑事は私をこの取調室に監禁していて、いま別の部屋で前科をまとめているところだ。空き巣、強盗、脅迫に詐欺。大体のことはやってきたので、掘り出すだけでも一仕事だろう。2時間もパイプ椅子に腰かけているので、尻が痛くなってきた。 あなた方に打ち明けておくが、今回私が手錠をかけられる直接的なきっかけとなった殺人事件に関しては、無実、というより全くの無関係である。その時、たまたま現場の近くのコンビニの駐車場でアイスを食べていたところを顔見知りの刑事に見られてしまったのが運の悪さである。 もちろん私だってこのまま黙って濡れ衣を着せられるのはまっぴらゴメンだ。一方、警察との長い付き合いから分かるのだが、一度こう捕まっては何事もなかったかのように釈放されることはまず考えられない。端的に言うと、くだらないが、刑事にもメンツというものがある。なんとか最小限の痛み分けで刑事に花を持たせられないか考えている。 ちびっ子の頃、よく母親に人の立場で物事を考えるように言われてきた。 頭の整理がつかないまま、扉がガチャりと開く。

8.07.2012

されど、必殺技

谷山元気、35才の会社員です。

私は小学生のころ、ドラゴンボールという漫画が大好きでした。主人公の男の子が冒険をしながら修行で技を磨き、ぐんぐん強くなっていくストーリーです。

同級生とよくドラゴンボールごっこをしたものです。ごっこと言っても私たちの想像力が大層乏しかったこともあり、当初はただ走り回ってお互いをキャラクターの名前で呼び合うような単純な遊びでした。ほっとけば、この遊びは数ヶ月もたてば飽きてしまっていたのだと思います。ところがある日、私たちの中でも特にドラゴンボール好きな藤谷君がとんでもない情報を仕入れてきました。

本気で修行すれば、本当にかめはめ波がでるようになるらしい。かめはめ波というのは主人公の必殺技のことで、体中の気をためて素手から光線を放つ決め技です。ウルトラマンでいうスペシウム光線、スト2でいう波動拳です。

小学生でもバカじゃない。加えて藤谷君がとんでもないホラフキだということもよおく分かっていたので、疑う余地はいくらでもあったのです。

ただ、藤谷君の話に一ミリでも真実が含まれているなら、試したいと思いました。なにせかめはめ波なのです。それからの僕たちは、恥ずかしい思いもしましたが修行しました。下級生にばかにされても、気づけばある日藤谷君が転校しちゃっていても、五年生くらいまでハァとかホゥとかいいながら毎日修行しました。

いまとなっては良い思い出です。

困ったことに、本当にかめはめ波が出るようになってしまいました。夕べ一人で残業していて、疲れていたのかたまたま子供のころの遊びを思い出していました。パソコンの画面に手のひらを向けて、そっと必殺技のかけ声を言いました。かめはめ…波!一瞬手のひらが熱くなり、気づけば目の前のパソコンがこっぱみじんになっていました。データは完全にお釈迦でしょう。

明日どう説明しよう。